第6話 心が帰る場所

 気がつくと、私たち4人は『癒し処 爽風』の中に立っていた。あの何もない殺風景な木のお部屋だった。4人ともびしょぬれだった。私たちの服から落ちた水滴が、木の床にたちまち水たまりを作った。


 早乙女さんが言った。

 「タオルと着替えを持って来ましょう。・・・・と、言っても、山田様は私の着替えでいいとして・・・・安祐美君と花楓かえで君はどうしようかな。・・・・女の子の着替えがあったかな?」

 そう言って一旦奥へ戻ると、早乙女さんがタオルと服を持ってきた。


 「あの・・・女の子の服がないんで・・・ハロウィン用の衣装なんですが・・・取りあえず、これでも着ていてください」


 そう言って早乙女さんが私と安祐美に渡したのは・・・なんと、なんと、ネコとタヌキの着ぐるみの衣装だった。タヌキの着ぐるみには股間に大きな丸いものが二つぶら下がって、揺れていた。腰にはとっくりと大福帳をぶら下げている。


 安祐美がすばやくネコの着ぐるみを手にとった。


 「あ、安祐美。ずるい。ずるいわよ。私、タヌキなんてイヤよ」

 「ダメ。もう、ネコは私がもらったわよ。花楓かえではかわいいから、タヌキでも充分似合うよ」

 「いやよ。私もネコがいい」

 「ダメよ。着ぐるみはこれしかないのよ。花楓かえで、わがまま言わないで、我慢しなさい」


 そう言って、安祐美は奥に引っ込んでさっさとネコに着替え始めた。

 私の身体はすっかり冷えていた。


 しかたがない。安祐美、後で着ぐるみを交換よ。


 私は胸の中でそうつぶやきながら、安祐美と一緒にタヌキに着替えた。

 私たちは着替えると、お部屋の中に戻った。早乙女さんも山田さんも着替え終わっていた。山田さんがすっかり元気そうだ。


 早乙女さんが言った。

 「いかがでしたか、山田様。当店の癒しは?」

 山田さんが答えた。自信に満ちた声だった。

 「すばらしい癒しをいただきました。お陰で、僕は、あんなに恐れていた世の中に飛び込むことができました」

 「それは本当に良かった」

 山田さんが聞いた。

 「僕、この店に、また来ていいですか?」

 早乙女さんが山田さんを見た。早乙女さんは、さわやかな顔だった。

 「はい。癒しが欲しいときには、いつでもいらっしゃってください。ご遠慮はいりませんよ。この店は、山田さんの心が帰る場所ですから」


 山田さんは何度もお礼を言いながら、お店を出て行った。


 私たちは何となく黙っていた。人助けをしたという充実感がお店の中に漂っていた。すると、早乙女さんの携帯が鳴った。

 「はい、『癒し処 爽風』です・・あ、私が早乙女です・・え・・え・・」

 早乙女さんが私たちを見た。眼を白黒させている。

 「あ・・・はい・・・そうですか・・・はい、分かりました」

 電話を終えて、早乙女さんが茫然として私たちを見た。何だか、狐につままれたような顔だ。しばらくして、早乙女さんが、やっと口を開いた。

 「この店は今日が開店なんだけど・・・今、ここでバイトをすることになっていたという女の子から電話があって、急にバイトができなくなったって言うんだ。・・・・で、君たちは一体誰なの?」


 安祐美がいきさつを話す。早乙女さんがびっくりして話を聞いていたが、やがてこう言った。

 「じゃあ、安祐美君に花楓かえで君。このまま、ここでバイトをやってよ。うちもバイトの子がいないと困るんだよ」

 

 勝手に決めないでください・・・


 私はそう言おうとした。そのとき、入り口から、誰か入ってきた。

 「あの、こちらに癒しを予約したものなんですが」

 上品そうなおばあさんだった。

 おばあさんは、私と安祐美が着ぐるみを着ているので驚いた様子だった。おばあさんが、私たちを見て言った。

 「まあ、かわいいネコさんとタヌキさんねえ。ホントに二人ともかわいいわ」


 私たちは『かわいい』という言葉に弱い。私と安祐美の口から同時に声が出た。


 「ようこそ、『癒し処 爽風』へ。当店は、お客様の心が帰る場所。お客様のささくれた心を癒します」

                  

                 了


 著者註:本作品は、以前カクヨムにアップしました拙作『「癒し処 爽風」へようこそ』を大幅に改稿し、新作としてアップしたものです。

 


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癒し処 爽風へようこそ 永嶋良一 @azuki-takuan

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