第6話 大団円

 この事件における、被害者に対しての動機が分からなかった。

 実際には、

「犯人が誰であるか?」

 ということも、

「動かぬ証拠だ」

 と思っていた防犯カメラにも写っていない。

 これこそ、本来であれば、

「一番キチンとしておかなければならない場所である、非常口をおろそかにした」

 ということの報いであろう。

 そもそも、後からトイレを作るなどということさえしなければ、あの場所は、本当は一番厳重な場所だったのだ。

 ただ、一つ言えることとして、あの場所は、

「閉め切っていてはいけない場所」

 という問題があったのだ。

 たぶん、最初に設計した時は、あの場所に防犯カメラも設置しなければいけなかったのだろう、

 最初にあの非常口を作った時、ビルの設計上、いわゆる、

「消防法によって、あの場所を閉め切ってしまうと、もし、火事などが発生した時、逃げられない」

 ということで、あの場所は少なくとも、誰かがいる間は閉め切ってはいけないということになるのだった。

 だから、あの非常口も、警備の対象にし、施錠されていなければ、警備が掛からないという風にしておかなければいけなかったはずなのに、トイレを中に作り、警備の一部を、弁当屋のために、外さなければならなくなった時、本来であれば、問題になったはずなのだ。

 それがならなかったということは、管理会社のずさんさが、ここでも出てきた。

「いや、最初からまったくのザルだった」

 ということで、この情けなさはひどいということを通り越しているのかも知れない。

 そんなことを考えていると、

「犯人は、ここに最初から防犯カメラが設置していないということを分かっていた」

 ということにならないだろうか?

 それを考えると、

「意外と犯人は、このビルの構造を熟知していて、しかも、弁当屋や、他のテナントの関係から、何とも言えないほどのひどく、ずさんなビルを作った会社の人間ではないのだろうか?」

 とも考えられる。

 ただ、ここまで考えてくると、あまりにもずさんなことがここまで通用するということになると、そもそもこのビル自体が、

「何かの別の目的をもって建てられたのではないだろうか?」

 というようなことも考えられなくもない。

「まるで、何かの試験的な建物?」

 ということであろうか?

 そのためには、管理会社が、

「ただ、ずさんだった」

 ということをあらゆるところで示しておいて、すべてを管理会社に押し付けるようにして犯行を行う。

 というようなことも考えられないだろうか?

 この街自体が、

「何かの組織が暗躍している」

 という怪しい街なのだ。

 それをいかに考えるかということが、大きな問題となるのだろう。

 組織の暗躍と、それを裏付けるかのような殺人事件であるが、そこに、動機であったり、犯人像がまったく浮かび上がってこない。つまり、

「被害者は何のために殺されたのか?」

 そもそも、

「殺されなければいけないほどの価値がある人間なのだろうか?」

 ということが問題だったのだ。

 そんなことをしていると、事件が起こって約一週間が経った頃だった。事件はある意味暗礁に乗り上げていた、少しだけ先に進むかと思っていた時、また少しの後戻り、昔の流行歌の中に、

「三歩進んで二歩下がる」

 という歌詞があったが、まさにその通りだったのだ。

 そんな状態なので、捜査は難航し、暗礁に乗り上げるのも、無理もないことだった。

 捜査員たちの頭の中に、少しずつ、

「お宮入り」

 という言葉が浮かんでくるのを隠すことはできなかった。

 最近の警察は、検挙率は悪いは、凶悪な事件が出てきていることで、その威厳や地位は次第に落ちてきていた。今回の事件を解決できなければ、被害者が混血とはいえ、外人が絡んでいるということから、

「またしても、警察は事件を解決できなかった」

 と言われかねないのだ、

 例の外人に絡む事件を専門に扱っている部署は、今回の犯罪を捜査するということはない。

 彼らはあくまでも、潜入捜査のようなものを必要とした場合の、いわゆる、

「組織相手専用」

 の部隊だった。

 だから、今回のような普通の殺人事件とは畑違いであり、専門ではないということで、

「出番なし」

 だったのだ。

 そういう意味で、門倉警部を中心とした桜井チームの事件解決がどうしても必須だったということだ。

 それが、まだ事件が一週間しか経っていないというのに、すでに、暗雲が立ち込めているというのは、一体どういうことだというのだろうか?

 そんなある日のことである、急に事件が急転直下の様相を呈してきた。思いもよらないところから、思いもよらない形であったのだ。

 というのも、犯人を逮捕するどころか、警察としては、犯人像すら分かっていない。

「どうして被害者が殺されなければいけなかったのか?」

「被害者をあの現状で、いかにして殺したか?」

 もちろん、犯行時刻や凶器などは明らかになっているので、事件の全容はすぐに明らかになると思われたにも関わらずである。

「一体、犯人は誰なのか?」

 防犯カメラに映らないところを狙って、奥の非常口のところで殺したのか、それとも、偶然殺害場所があそこだったことで、たまたま映像が残っていなかったということなのか?

 果たしてどちらなのか分からないまま、事件は堂々巡りを繰り返し始めたのだった。

 一番の原因としては、

「なぜ、被害者が殺されなければいけなかったのか?」

 ということである。

 警察の地道な捜査によって、いろいろな人に話を聴けたのだが、そのとこかも、被害者が狙われるだけの動機が出てこなかったのだ。

「普通これだけ捜査すれば、少しは何かが分かりそうなのに」

 ということであった。

 もし、実際に殺されたわけではない人を同じように捜査したとすれば、たいていは、誰かに恨まれていたり、あるいは妬まれていたりと、その問題はもっと出てくるものだといってもいいだろう。

 それを考えると、被害者は実際に殺されているのに、誰も恨んでいるという人は出てこない。第三者から、この事件には何ら関係のない人も、悪く言う人はいない。却って、そこに違和感を感じたのは、捜査員のうちのほとんどだったのではないだろうか?

 そんな中で、一人の男が自首してきた。

「あのビルで間宮さんを殺したのは私です」

 といって名乗り出たのは、明らかにまだ若い男で、その理由も、すぐに話してくれた。

 どうやら、その男と、間宮の奥さんとは、不倫をしていたという。ただ、今までの調べて、奥さんが不倫をしていたという話は出てこなかったので、急に浮上してきた話だった。

 その不倫というのも、どちらかとアブノーマルな関係であり、自首してきた男曰く、

「愛情があったわけではない」

 とキッパリと言ってのけたのだ。

「あくまでも、プレイの相手、それも、SMプレイであり、恋人というわけではない、パートナーだった」

 というのだ。

「お前たちのそんな不倫のウワサなど、どこからも出てこなかったんだがな」

 と刑事がいうと、

「そうですか、こちらも、当然、人目は気にしていましたからね。そういう意味では私の計画は、功を奏したということでしょうね、相手は、あの奥さんじゃなくてもいっぱいいるんだ、あの奥さんのことを誰も意識していないのだとすれば、俺のやり方は問題なかったということだろうな」

 と嘯いていた。

「なんで、いまさら自首なんかしてきたんだ? 黙っておけば、この事件が未解決のままになるかも知れないとは思わなかったのか?」

 と言われて、

「もちろん、思いましたよ。でも、このまま隠れていてもいつかは、疲れ果てるのではないかと思い、さらに、逮捕が遅くなればなるほど、刑期を終えるのが遅くなる。それも、困ると思ってね」

 と男は、平然として言ってのけた。

 なるほど、いい分はまさにその通り、いわゆる、

「聞き分けのある犯人」

 と言ってもいいかも知れない。

 だが、やつは、事件をいかに処理すればいいのか、思いあぐんでいた警察の手助けをしたというのか、ただ、警察としては、事件解決に一歩近づいたのは間違いないのに、誰一人として、

「よかった」

 と感じている人はいなかったのだった。

 男がいうには、

「動機は、愛のない不倫を繰り返しているうちに、お互いお互いを信じられなくなり、怖くなった」

 というのだ。

「下手をすれば殺される」

 と思って、あの場所に呼びだした。あの時間、誰もいなくなるというのが分かっていたからであり、非常口から出ればいいと思ったという。

 しかし、いざ人を殺したことで、我に返り、気が動転していたこともあって、早くその場か立ち去りたいという思いが強くなり、やってはいけないと思っていた玄関から出てしまったことで、すぐに、犯行が露呈することになったという。

 本当は、被害者が朝見つかって、不自然のない普通の殺人事件になってもらうことを願っていたのが、狂ってしまったというのだ。そこが気になったこともあり、今回自首してきたということであった。

 話を聴いていると、何となく辻褄が合っているような気がした。そこで、通常の手続きを経て、起訴し、裁判に回ることになった。

 しかし、ここで今度は犯人は、一転否認し始めたのだ。弁護士は、

「証拠不十分だ」

 ということで、検察側を責め立てる。

 当然検察も、自供を全面的に信じたわけでもなければ、ちゃんと裏付け捜査もしたのだ。しかし、実際に自供内容と裏付けを受けての通常の起訴だったのに、実際に公判に入ってくると、警察や検察は徐々に追い込まれてきたのだ。

「なんだか、最初から計算された事件のようだ」

 と警察側は感じてきた。

 そう、まさしくその通りだった。実際に間宮という男は、殺されるまでの動機が本当になかったのだ。実際に、奥さんと自首してきた男の、不倫という名の、

「SMプレイ」

 というのはウソではなかった。

 しかし、だからといって、殺すところまではなかったのだろう。

 ただ、実際に彼が犯人であることに間違いなく、自供の通りだったのだが、日本の司法としては、

「数位低無罪」、

「疑わしきは罰せず」

 ということになっているのだ。

 どうやら、この事件には、外人関係の例の組織が暗躍しているようで、この事件の本当の動機は、

「日本の司法への挑戦」

 だったのだ。

「被害者が混血ということで、下手をすれば、卑怯なコウモリのように、どちらにでも傾いて、しかも、何かを隠そうとすることで、何かから逃れるという策を弄する」

 という。

 しかも、やつは、そんなところから、組織の秘密を探ることに成功したのはいいが、そのことを組織の知るところになったのが、男の命取りだった。

 奥さんの性癖と、犯人の動きで、組織は二人を利用しようと思ったのだ。それが今回の事件の秘密だった。

 組織とすれば、実際に日本の司法の推定無罪というのは、想像以上に確率されていることが分かっただけでも、大きかった。そのために、自首した男に知恵をつけ、無罪を勝ち取ることを条件に男を自首させた。

 組織の作戦は見事に成功した。ただ、それは、あくまでも、

「今回の事件の場合」

 というだけのことで、結局、その後の警察内の特殊部隊の活躍で、外人組織は一網打尽となってしまったのだ。

 ただ、その時、今回の事件で、何やら、

「やりすぎた」

 ということがあったようで、それがどこにあったのかは、捜査員にしか分からなかった。一網打尽にされた組織は、結局解体し、関わった連中は国内で裁判を受け、そのほとんどが、刑に問われ、収監され、軽い連中も、国外追放となり、二度と日本の土を踏めないという措置になったのだ。

 果たして、

「勝ったのはどっちなのか?」

 そもそも、勝ち負けで事件を考えていた警察と、組織の痛み分けだったといってもいいのかも知れない。


                 (  完  )

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痛み分けの犯罪 森本 晃次 @kakku

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