第2話 奇跡の芽吹き


 どれくらいの時間がたっただろうか。完全に日が落ちて辺りは真っ暗で、風に揺れる枝葉の音しか聞こえない。人間の活動域に一人で取り残され、時折聞こえる森に逃げ込んだ魔族を探す声におびえながら逃げるタイミングを待つしかない。

 このまま隠れ続ければもしかしたら自分がいなくなったことを不審に思った家族が探してくれる可能性もあったが、日が昇れば人間の活動が活発化してさらに危険が増える恐れがある。そうなると今夜のうちに自力で戻ることが最善だろう。

 思ったところで体中が痛くて動けない。矢がかすめた傷もどんな状態なのか明るくならないとわからなかった。

 こんなボロボロの状態で一人きり、痛みと恐怖と不安で涙があふれてくる。

 泣いてはいけない。

 声を出せば人間に見つかってしまうから。

 そう考えれば考えるほど涙があふれてくる。

 必死に抑えようとしたが呼吸が荒くなり音を発してしまう。


「今、このあたりで声が……」


 とっさに口を押え息を殺す。生きた心地がしない。

 ぼんやりとした明かりが近づいてくる。

 心拍数が上がり心臓の鼓動を強く感じる。

 

「あの、大丈夫ですか?」


 甲冑を着た青年が茂みをかき分けこちらを覗いた。

 とっさに顔を伏せる。

 目が合ってしまったかもしれない。

 

「だいじょうぶです」


「大丈夫って…血が出てるじゃないか」


 遠くから声がする。

「あの、本当にへいきだから」

そういって立ち上がろうとするが痛みでもつれてその場に倒れてします。

運悪く足音が近づいてくる。

話し声の内容から町の警護団の人間だということがわかる。


青年はランタンの火を吹き消すと身に着けたローブで私を覆い隠すように茂みに身を潜ませる。

人間とこんなにも近い距離で隣になったのは初めてでどうしたらいいかわからず頭がうまくまわらない。

息を潜め、辺りに誰もいなくなったことを確認するとランタンに明かりを灯した。

オレンジ色のランタンの光がぼんやりと青年の顔を映し出す。整った横顔は剣を携えているのが不釣り合いな優しい顔立ちをしていた。青年がこちらを向く、青年に悪意が感じられなかったせいで目が合ったしまったのに顔をそむけるのを忘れた。青年の驚いた表情で目を見られてはいけないことを思い出し顔をそむける。完全に手遅れだと思ったが青年は何も言うことはなかった。


「ちょっとだけ我慢してね」


 そういうと青年は持っていたスカーフを使い手際よく応急処置をしてくれた。


「これで血はとまったから、あとは町に戻ったらちゃんと見てもらおう」


 その言葉で背筋が凍った。町になんて行って正体がバレれば生きては帰れない。石を投げられたり、火あぶりにされたり、死ぬことも許されず拷問され続けるかもしれない。


「本当に、もう大丈夫ですから!」

「大丈夫って、一人で立つこともできないじゃないか」

「それは……」

「安心して、僕が責任をもって家に送るから、もう夜も遅いし今日はゆっくり休んだ方がいい」


 なぜ彼は私にここまでするのだろうか、さっき目が合った時に気づいたはず、それか魔族が黄色い瞳をしていると知らないのだろうか、どうしたらいいのわからない。けれど目の前の青年だったら信じても大丈夫な気がしてしまう。

 

「マルスさま、マルスさまいらっしゃいますか」


 静かな闇夜でさえ聞き取るのが難しいほどの小さなささやき声が聞こえる。青年は茂をかき分け辺りを見回す。


「ここだ、フレデリック、こっち!」


 青年が何も見えない暗闇に向かって手招きしながら声をかけるとガサゴソと茂みをかき分け、老いた顔が現れる。青年の名前はマルスというらしい。


「マルスさま、勝手な行動は困ります。何度も言ったではないですか!」

「しー!静かに、そんなことより手伝ってほしいことがある」


 フレデリックと呼ばれた騎士甲冑を身にまとう男はマルスの奥に横たわる私を見ると特別な反応は示さなかった。


「なりません。今回ばかりは認めませんぞ。」

「なんで!女の子なのに、それにケガもしてる」

「ご自身でもわかっているのでしょう……」


 マルスは言葉に詰まった。その理由が私が魔族だからということは明白。と言うことは私を魔族とわかって助けたことになる。

 理解ができなかった。人間と魔族との歴史を考えると、どんな理由があれば魔族を助けることを容認できるのか想像もつかない。


「ならいい。忘れてくれ」


 話し合っても話は進まないと判断したのか冷たく会話を終わらせた。長い付き合いでお互いのことを理解しているからこその対応にみえる。

 マルスは私に近づくと、目線を合わせるようにしゃがみ込むと、何も言わずに抱きかかえる。

 今の状況はいわゆるお姫様抱っこというやつなのでは……そう思った瞬間に急に恥ずかしくなる。お姫様抱っこなんてされたこともなく、その初めての相手が人間なんて平常を保っていられるわけがない


「あの!、自分で歩けますから!おろしてください!」


 ジタバタと抵抗するがまったく意味はない。


「そんなに暴れないでくれ、目立つと困るのは君だろ」


 諭すような丁寧な言葉に反論する余地もなく、恥ずかしくなってフードを深くかぶり顔を隠す。

 目立たないようにランタンを消し、暗闇の中を慎重に進む。結局、見放すことができなかったのか私たちの少し先をフレデリックが歩いて安全を確保してくれている。抱きかかえられている間の時間の感覚はなかったが、会話もなく、どうしていればいいのかわからずとても長く感じた。

 程なくして、木々の間から町の明かりが見えはじめ、町を迂回するようにあるくと、建物の裏手の扉からフレデリックが手招きしていた。

 なんとか人目につかずに身を潜ませることができる場所にたどり着き、私はベッドに寝かされる。その傍らでひっそりとマルスとフレデリックが話をしているのを横目にこれからどうなってしまうのか考えているとだんだんと視界が狭くなっていった。

 

















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魔族の姫だけど人間の令息に出会って国が滅ぶかもしれない 白原碧人 @shirobara_aito

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