魔族の姫だけど人間の令息に出会って国が滅ぶかもしれない

白原碧人

第1話 冒険の代償


 太陽が傾き始めて薄暗くなった森の中を歩く。人の気配はなく、夜行性の動物が活動を始める前の短い時間が、私のまだ知らない世界を知るための冒険の時間。魔族の領地では見ることのできない植物を見ながらお気に入りの場所に向かって歩いていく。

 町が遠目に見える少し高台になっているところ、背の高い草木が多く隠れながら観察できる完璧な位置関係まさにベストポジション。

 町の通りに並ぶ露店の光に目を引かれる。人間の町とはなぜあんなにも鮮やかなのだろう、同じ陸続きの場所で生きているとは思えない程の差がある。極めつけは香りだ。時々、風に乗って食欲を刺激する良いにおいが漂ってくる。あの場所にはどんな素敵なものがあるのか、永遠に叶うことのない憧れ、あと少し歩いていけば叶えられるのにそれができないもどかしさ、もう、それには慣れてしまった。魔族として生まれた時点で人間とは相容れない関係。名残惜しさを残しながらその場から離れる時が近づく。


「おい!貴様!そこで何やってる!」


 目の前の光景に見とれて周りに人間が近づいてきていることに気づけなかった。声の大きさに驚き反射的に肩をすくめる。心臓が締め付けられたかのように強く鼓動し息が止まる。その一瞬の間にも事態の大きさにパニックになりそうな頭を働かせ、とっさに着ていたローブのフードを深くかぶり顔を隠す。そのまま背後にいる人間に背を向け続けるべきか、あえて振り向くことで怪しいことが無いというアピールをするべきか悩んだ結果、振り返るのが最良と判断する。不安で震える指を隠すように握り覚悟を決めて振り返った。すると少し距離をとりながらこちらを怪しんだ様子の人間の男が二人立っていた。一人は腰に剣を携え、一人は弓を構えこちらを狙っている。


「お前、どこから来た、町の人間か?」

「すみません、暗くなって、道に迷ってしまって……」


 魔族だとバレればきっと殺されてしまうことは明白なのでとにかくばれないようにその場から離れようとしたが行く手を阻まれてしまう。


「あやしいな、顔を見せろ」


 その言葉にさらに俯き顔を隠そうとしたが勢いよくフードを脱がされてしまい顔を隠すものがなくなってしまう。幸いにも下を向いていることと辺りが暗いことで正体がバレるには至らなかった。不安はピークに達し、もう下を向く以外できることはない、さっきまでは指先だけだった震えも全身に広がり、立っているのがやっとの状態だった。


「顔を上げろ!」

「い、いたい!」


 下を向いて顔を見せないことに苛立ったのか髪を引っ張り無理やり顔を上げさせた。男たちは面白そうにランタンの光で顔を照らし確認する。


「お、おい!こいつの目!魔族じゃねーか!」

「離れろ!なんでこんな所に!」


 男たちは暗闇の中でもはっきりと輝く黄色い瞳を見てとっさに離れる。人間にとって魔族は危険という認識があるようで武器を構えてこちらの様子をうかがっていきなり攻撃してくる様子はなかった。


 「あの、わたしはただ……」


 そう言いかけた時、目の前の男が笛を吹いた。高く澄んだ音が静かな森の中に広がり町中に伝わる。この笛の音が聞こえた時は必ず人間と魔族の戦いが起こる。人間が魔物を見つけた時に聞こえる笛の音だった。きっとこのままだと町から援軍が現れることは明白でとにかくこの場から離れるしか生き残る道はない。

 頭で考えるよりも先に体が勝手に動いていた。とにかくこの場を離れなければ、それだけを考えて全力で走る。


「動くな!まて!」


 そんな言葉に耳を貸すわけもなく死に物狂いで森の中へと駆け抜けた。相手が魔族とわかったからなのか、男は構えた矢を容赦なく放ち始める。

静かな森の中に矢の風を切る音が響く、暗闇の中、どこに矢が飛んできているかもわからない恐怖、それでも走る足を止めるわけにはいかない。とにかく早く、とにかく遠くへ、恐怖と不安でパニックの状態で震える足をなんとか動かし続ける。


「痛っ!!」


 走っていた勢いのまま地面に倒れんだ。無数に放たれた矢の1本が足をかすめ足から血が流れている。あまりの痛さに声を上げたいが、場所がばれてしまうので声を上げることができずただただ耐えるしかない。声こそ出せないが目からは涙があふれ視界がぼやける。それでも立ち上がるしかない。死にたくないただそれだけを考え足を引きずりながら進み続ける。

 矢の音が止まり後ろから人がついてくるような気配も消えたので、茂みの陰に身を隠そうとして足を踏み出した時、足は地面を踏むことはなく、重力が消えたかのように体が宙に放り出された。涙で視界がぼやけていたせいで茂みの奥が急な斜面になっていることに気づくことができなかった。

 魔族の娘はそのまま斜面を転がり落ちて下にあった茂みにぶつかった。偶然にも落ちた場所は茂みに囲まれており、その場にしゃがんでいれば周りから見えることはなさそうだったので、下手に動いて辺りを捜索している人間に見つかるのを避けるためその場で息をひそめて少し休憩することにした。







 

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