第3話 穴の空いた手

 六賢評議会のメンバーは、5人分の議決権が行使された時のみ再選定される。議決権は聖王陛下が3、それ以外の六賢は1つ保有している。参入資格を持つのは、四大魔法のいずれかを二種類保管している貴族のみであり、現状この条件を満たしているのは、アズマリス王家、ラグレイス家、エヴァイン家、フレイン家の四家だけだ。

 幸い私は、治癒魔術と鮮血魔術の両方をこの血に宿している。後者はほとんど使い物にならないが、それでも私には資格があった。

「口当たりがいいですね。風味が豊かですし、口当たりもいいです。どちらの茶葉をお使いになっているのですか」

 唇からティーカップを離して、思いつく限りの賛美の言葉を並べる。正直な感想ではなかった。不味い紅茶ではないのだが、王城の客室で振る舞うものにしては、少々地味な味と匂いをしている。

「王城の茶庭園で栽培しているものだ。気に入ったのなら、持ち帰ってもらっても構わないぞ。この狭い場所で振る舞うには、少し育てすぎた節があるからな」

「ふふふ、ご冗談をおっしゃらないでください。王家のアフタヌーンティといえば、王国民全ての憧れですよ」

 私は口元を隠しながら笑ってみせる。心中は穏やかではなかったが、ここで彼の心を射止められなければ、六賢の座は遠ざかるばかりだ。

「そうかな。君のところのハーブティも、なかなかのものだと聞く。飲み比べてみたいところだ」

「次お会いするときには必ずお持ちします。王都の茶葉には敵いませんが、気分転換にはなるかもしれません」

 目の前で堂々と座る、灰色の髪をした男は、王族らしい気品と整った顔立ちを有していた。美男美女を血に取り込み続けると、こんな子供が生まれるのかと、内心舌を巻く。

 目の前の彼は、王位継承権第2位、カイロス・アズマリス。私はそんな男と、同じ空間でお茶会に勤しんでいた。目的はもちろん、縁談である。

「そうだね。また会おう。どうやら私と君は、少し気が合うようだから」

「光栄です、殿下」

 彼も多用な人だ。また会ってやるから、今日は帰れと言いたいのだろう。私は大人しく引き下がり、優雅にお辞儀をした。今日のために何度も反復した、この所作には自信があった。

 殿下は少し感心したような声を上げ、品定めするような視線を私に向ける。居心地は良くなかったが、それでもいい。確かな達成感が、ここにあった。


 屋敷に戻り、父の書斎へと向かう。今日の報告を聞けば、ぶっきらぼうな父も、少しは私のことを見直してくれるだろう。

 薄暗い部屋の中、椅子に座った父は、カーテンから漏れる光で濃い影に紛れている。その顔は険しく、まるで仇でも見るかのようであった。

「遅かったな」

 開口一番に、父は私に不満を垂れた。出鼻を挫かれた気分であったが、いつものことであるので、私は今日の報告を始める。聞き手に回る父は常に不機嫌だったが、全て聞き終わると、一言。

「良くやった」

 と、素直に褒めてくれた。たったそれだけであったが、父は滅多に私を評価したりはしないので、やはり大手柄ではあるらしい。しかし、どうにも父の表情は優れない。

「私は、お前を不出来な娘だと思っていたが……どうやらそうでもない。家督を継ぐのはお前かもしれんな」

「思ってもない話ですが……急にどうしたのですか」

 父は苛立ち混じりに机をトントンと弾く。積んであった書類が落ち、父は「ああ」と、鈍いため息を吐いたが、拾い上げることもしなかった。

「アリオトが病床に伏した。血が腐る病であるらしい」

 部屋に静寂が広がる。病という、エヴァイン家の人間の身体とは無縁であるはずの言葉に、私の思考は一時停止した。 

 兄が病を患った。病といっても感染症の類ではなく、魔術にまつわる病……魂の病気である。なんでも、先の内紛を治める際に、魔術を暴発させてしまったらしい。今は下半身の神経が断絶し、身じろぎ一つ満足にできないそうだ。

 兄は全身に汗を浮かべながら、呻き声を上げていた。熱もなく、外見に異常は見られないが、かなりの重症であるらしい。

 治癒魔術が肉体を修復する魔術であるなら、鮮血魔術は肉体を変質させる魔術だ。父や兄が人間離れした剣技を扱うことができるのは、肉体の状態を魔術によって変形、変質、改良しているからである。つまり、兄の体は人間の身体構造とは大きく異なっていた。

「お母様……兄さんの怪我は治せそうですか」

 治癒魔術には、経験と理論が必要不可欠だ。元の状態を知ることなく治すことはできないし、理論を知らずに治そうとすれば、何度も同じ病を発症することになる。つまり、構造が複雑化した兄の体を治すことは非常に困難であった。

「私では治せませんね……。聖王陛下の魔術であれば歩行はできるようになるでしょうが、それは」

「許容できないな。アレは被術者の血を代償とするのだろう。そんなことをすれば、婚姻相手を作ることすらままならなくなるぞ。次期領主が不適応と知られれば、エヴァイン家が断絶することになりかねん」

 深刻そうな表情を浮かべる母に対して、父は冷淡だった。苦痛に顔を歪める兄を、無表情に見下ろしている。

「領主としての仕事だけなら、足が使えなくても問題ないだろう。六賢の方は、3人目を作るしかあるまい」

「お父様、待ってください。治す手段があるなら使うべきです。一生寝たきりの生活なんて、あまりにも不憫ではないですか。家の仕事も六賢を目指すのも、私が引き継げばいいでしょう」

 飛躍した父の提案を、割って入って止める。しかし父が引くことはない。

「もちろん予備として、お前にも教育は受けてもらう。が、聖女としての仕事もエヴァイン家に与えられた重要な責務だ。役割は分散させるべきだろう」

「しかし、お母様は当主で六賢で聖女です。それなら私でも———」

「お前は戦えない。アリオトは癒せない。どちらもエヴァインの子としては欠陥を抱えている。ネメジスのような英雄には、どちらも絶対に至れない」

 父は食うように、私たちを責め立てた。私が言葉を詰まらせると、兄が険しい表情で私に視線を向けた。

「この家は僕が継ぐ。妹に、全部を押し付ける気はない」

「……よく回る口だ」

 父は最後まで辛辣だった。兄を労わることも、励ますこともせず、家の方針だけを語り、去っていった。母は逆に、最後までこの部屋に残ったが、父の決定には何も逆らわず、私たちの要求も黙って聞いていた。

 それが、納得できなくて、ひたすらに悔しかった。

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