バンドエイドで繋がる二人

澤田慎梧

バンドエイドで繋がる二人

「あっ、痛」

「どうした?」

「見てよこれ~」


 形の良い眉を落としながら、妻がその白魚のような手を俺に見せつけてくる。

 そっとその手を取りしげしげと眺めると、ある異変に気付いた。

 右の人差し指の先、爪の付け根辺りの皮膚。その一部分がスジ状にめくれ上がってしまっていた――「ささくれ」だ。


「これは痛そうだな」

「そう思うんなら、バンドエイドちょうだいよ」

「おう。ちょっと待っててくれ」


 不満そうに頬を膨らませた妻に苦笑しつつ、薬箱を探す。

 ふくれっ面までかわいいのだから、反則だ。


 ――約一年という少し短めの交際期間を経て、彼女と結婚したのは数ヶ月前。

 お互いが育ってきた環境の違いから最初は苦労したけれども、まずまず幸せな新婚生活を送れていると思う。


 そもそも、苦労と言ってもかわいいものばかりだ。

 やれ、「正月に食べる魚はブリだ」「いやシャケだ」だとか、食事時に観るテレビ番組で揉める程度。ほんのささやかな「異文化交流」というやつだった。

 生まれ育った場所の違いで、こんなにも文化が違うのだなと、勉強になったくらいだ。


「はい、バンドエイド」

「ありがと」


 受け取るなり、さっさとバンドエイドをささくれの上に巻いてしまう妻。

 一瞬「先に消毒した方が」と言いかけて、やめる。彼女だって子どもじゃないのだ。いちいち口出しをするものじゃない。


「ふぅ、ようやく落ち着いた。これ、こんな小さな傷なのにどうしてあんなに痛いのかね」

「指先は神経が集中してるから、かなぁ?」

「あ~、それかもね。にしても、気を付けてたんだけどなぁ。ビタミン不足かな~」


 言いながら、バンドエイドが奇麗に貼れているか、色々な角度からチェックする妻。こういうところは、実にマメだ。


「『親不孝の証』なんて、酷い迷信もやったよな」

「ああ、あったあった。なんで親不孝だと『さかむけ』になるんねん! って思いっきりツッコんだ記憶あるわ~」

「ん? 『さかむけ』?」

「え?」


 ――二人して、思わず顔を見合わせる。気のせいか、室温が少し下がった気がする。


「いや、それって『ささくれ』だよね? 『さかむけ』ってナニ?」

「はぁ? いやいやいや、これは『さかむけ』やろ? 『ささくれ』ってなんやねん。気持ちが荒ぶってるん?」

「いやいやいやいや、逆っしょ。ささくれみたいに気持ちが荒れてるから、『心がささくれる』とか言うんだろ?」


 妻と俺の間に火花が散る。

 ――そう。普段から、俺達二人はこうやって、お互いの育ってきた文化の違いを衝突させては、にらみ合っているのだ。


「これだから東京モンは!」

「これだから関西人は!」


 お決まりの台詞をぶつけ合って――耐え切れずに、どちらからともなく吹き出す。


「あ~くだらんわぁ!」

「まったくだ」


 傍から見ればガチのケンカをしているように見えるかもしれないが、俺達二人にはそんなつもりはない。

 育ってきた環境や文化の違いはもう仕方がない。

 どちらが上でどちらが下か、なんてこともない。

 対等の関係だからこそ、こうやって些細な「常識」の違いをぶつけ合って楽しむことができる。


「流石に『さかむけ』が『ささくれ』のことだってくらい、知ってるよ」

「私も~。単にどっちが自然に口から出るかってだけやね~」

「こういう言葉って多いよな。関西じゃ『鳥肌』のことを『サブイボ』って言うんだっけ?」

「私の地元じゃそうやね~。――ああ、そう言えば今のやり取りで、共通語が一つ見付かったわ」

「え、なになに?」


 それは気付かなかった。

 再び妻の手を取りながら尋ねてみる。


「ほら、これ」

「ん? ……ああ、バンドエイドか!」

「そそ」


 妻の指に巻かれたモノ――製品名「バンドエイド」。地方によっては「カットバン」とか「リバテープ」だとか「サビオ」だとか呼ばれる、いわゆる絆創膏だ。

 「ささくれ」を優しく包むそれが、僕と妻とを繋ぐものの一つだというのは、なんとも頓智が利いている気がした。



(おしまい)


 




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