第42話【最終話】『死に逝くもの』【怖さ∞】
「きゃぁ――!!!!」
怪談小屋に今日もフローラの叫び声が轟く。
「――襖がスゥと開き……目玉がギョロ!!」
俺は調子に乗り、身振り手振りを大袈裟にする。
「いやぁ――!!!!!!」
最前列のフローラがまた悲鳴を上げる。
「あ、あの……フロラディーテ団長が煩くて怪談話が聞こえないっす」
フローラの隣に座るハナは耳を手で覆っている。
それでも、俺は怪談を止めない。
「どんどん近づいてくる声!!タスケテ……タスケテ……タスケテ……タスケテ……タスケテ――!!!!!!!!」
「助けて――――!!!!」
フローラはその場でバク宙が如く引っくり返った!
「フロラディーテ団長!!それはさすがに迷惑です!」
すかさずハナが一回転したフローラを席に戻す。
「――はい、今日の怪談話はお仕舞いだよ~。帰った、帰ったぁ~」
俺はいつものように観客を出口に案内する。
「今日も面白かったよ!剣聖様!」
「ははは、俺の妻は見世物じゃないぞ~」
生意気な子供を出口へ促す。今では悲鳴を上げるフローラを見に来る客が大半になってしまった。これでは、怪談ではなく快談だ。
「ふぅ~みんな帰ったか」
「お疲れ様。マスキさん」
フローラが冷たい麦茶を持ってくる。
「ありがと。んぐっ!んぐっ!ぷは――!!」
俺は冷たい麦茶を一気に飲み干す。
やはり、怪談話をしたあとの冷たい麦茶は格別だ。
「コン!」
白狐のクスノハが俺の頭に乗る。
最近は俺の怪談話を屋根裏で聞くようになったようだ。前は興味なかったのに、どういう心境の変化だろう?
フローラも叫びすぎて喉が渇いたのか、冷たい麦茶を一気に飲み干してから、一息つく。
「はぁ~……あんなことがあったのに……町は相変わらず平和ですね。……なんだか、怖い」
フローラが遠くを見つめる。
最後の戦いで、たくさんの命を失った。
国王、王女、国王の側近、アシヤドウマン、その他にも国の要人数人……秘密組織イルミナティに所属していただろう人物……。
だが、戦いを終えて帰ってきた俺達が目にしたのは『勇者が魔王を倒した』という事実だけだった。
国王は第一王子が勤め、陰陽師団は別の人物が指導者として活動を再開、まるで初めから、いなかったかのように……。
「『死に逝くもの』とは死ぬことじゃない。人々から『忘れられるもの』だ」
俺はフローラに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
人々の恐怖で育った『魔王 口裂け女』。彼女が消滅した時、『闇』に染められた国王達イルミナティは、その存在が消滅した。
「正直、私は今でさえ……あの戦いを忘れかけています」
フローラが俺の手を握る。
「人間の脳はうまくできてる。辛いことは忘れる。だから、明日を踏み出せるのさ」
俺は柄にもない台詞を口にする。
「くくく……」
頭の上のクスノハの笑い声が聞こえた。
「マスキさん……ありがとう……んっ」
フローラは目を瞑る。
「……おいおい」
俺は頭の上に元妻を乗せながら、今の妻にキスを迫られている。こんな地獄があったなんて、俺は怪談師として、まだまだ未熟者である。
「……コン!」
白狐のクスノハはその場で人間の姿に戻り、俺の顔を掴み、フローラの唇に俺の唇を押しつけた。
「んっ――!?」
びっくりするフローラだが、奇跡的に目を開けてない!
今、フローラが目を開けたらどうなるのだ?
裸のクスノハを見られて修羅場か?
終わった――。俺の人生はここまでだ。
「ん?マスキさん……?」
フローラが目を開ける。
「ふ、フローラ!!これはだな!!!!」
「コン!」
いつの間にかクスノハが白狐の姿に戻っていた。
「あらやだ。クスノハ見てたの?恥ずかしい!」
フローラは赤くなった頬を両手で押さえながら、走っていってしまった。
……助かった……のか?
「全く。すぐに接吻してやらぬか!軟弱者」
クスノハがなぜか俺に説教を始めた。
なに?俺のせいなの?
「クスノハ!お、俺をからかうのは止めろ!」
さっきから、冷や汗が止まらない。
「転生したお主の生活を壊すほど、我は落ちてはおらぬわ!……まぁ、少し妬けるがの……ちゅ!」
クスノハは人間の姿になり、俺にキスをする。
「ん~!!ぷはっ!!こ、こら!!」
俺は慌ててクスノハの唇を離す。
「クスクス……相変わらず、からかいがいのある男よ。しかし、これからどうするのじゃ?『闇』は消えた。お主が怪談をする理由もなかろうに」
クスノハは、また白狐の姿になり俺の体をよじ登り、頭に座る。
「俺が怪談をする理由は、世のため人のためではないぞ。つまらない俺の話を聞くためだけに集まってくれる人がいる。だから、話す。ただ、それだけだ」
「……なんじゃ、ただのネクラだったか」
クスノハはつまらなさそうに欠伸をして、そのまま何処かへ行ってしまった。
そんなことを言われても、本当の事なのだから仕方がない。
別に格好をつけようと思わないし思われたくもない。
ただ、話を聞いてくれる人がいる。
それだけで、生きていく理由に俺はなると思う。
俺が死んだあと、たまに俺を思い出して笑ってくれるだけで、俺は幸せ者だ。
俺は立ち上がり、怪談小屋を出て自宅へ向かう。
今日はメイドのコックリさんがローストビーフを作ると言っていた。
何かのお祝いだったような……。
何のお祝いだ?
何か……魔物の大軍と戦ったような……。
「マスキさ~ん!夕飯出来ましたよ――!!」
自宅の2階の窓が開き、フローラが手を振っている。フローラの頭の上には、いつの間にか白狐のクスノハも乗っている。
「おう!今、行く!!」
ローストビーフを食べたら明日の怪談話の予習をしよう!明日は初めての演目『牡丹灯籠』だ!
俺は走った。
フローラの頭の上のクスノハが何か喋った気がしたが……まぁ、気のせいだろう。
夕暮れに照らされた俺の影が巨人のように伸びている。
「まるで尺八様だな。……ふふ」
俺は子供のように追い越せない影と競争するのであった――――。
「……仕方のない奴じゃ、我が代わりに書いてやるとするか」
<完>
【42話『10万字』完結】『フロラディーテの心地よい悲鳴』~怪談師だった俺は転生しても怖がりな剣聖(♀)との都市伝説巡りがやめられない!?~ @tamago-x-gohan
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