最終話 大冒険者はやりたいことをやる
二週間後、オルダームの街の中央広場。
そこに、広場を埋め尽くすほどの多くの人々が詰めかけていた。
街の住民はもちろんのこと、さらに街の外からも大量の観客が訪れている。
彼らが目的としているのは今日の催しの主役。つまり、俺だ。
「レント・ワーヴェル、前へ!」
広場の真ん中にしつらえられた舞台の上で、着飾った陛下男性が俺を呼ぶ。
国王陛下直々の称号の授与。
それは本来、王都にて行なうべきイベントのはずだ。
しかし、主催者である陛下自身の意向によって、オルダームが会場となった。
一冒険者のために国王がわざわざ王都の外に足を運ぶ。
それは冒険者の都オルダームでも、かつて一度もなかった前代未聞の事態だった。
「――で、あるがゆえに」
と、舞台に立った俺の前で、国王陛下が何やら口上を述べている。
しかし、緊張しきっている俺の耳には、その内容はほとんど聞こえない。
果ての果てまで人で埋め尽くされた中央広場。
そこにいる全員の目が俺に注がれる。
何だこれ、新手の拷問か。緊張で口から胃がせり上がってきそうなんだが。
「レント・ワーヴェル、貴殿の働きにより、大魔王の復活は未然に防がれた!」
ここで、陛下が一際声を大きくして、大魔王について言及する。
この部分については、事前に打ち合わせてある。
魔族のたくらみを知った俺が独断で大魔王復活を阻止した。という流れだ。
「世のために自らの身をなげうっての働き、誠に見事! よって――」
陛下の目が、俺から舞台を見守る観客達へと移る。
「余は、ブレズラルド二世の名において、この者に『大冒険者』の称号を与える!」
その宣言は、中央広場の隅々にまで響き渡った。
「大冒険者……?」
「大賢者、じゃねぇのか?」
陛下の宣言に、ザワつく民衆。
「いや、何か大賢者よりすごい感じがしないか?」
「ああ、そうだな。大冒険者ってのは、この街らしい、いい称号だな!」
そして、中央広場はたちまち沸き上がる。
「大冒険者レントだ!」
「大賢者を超えた、大冒険者だ!」
皆が『大冒険者』の称号を叫ぶ。皆が、俺の名を呼び、沸き続けている。
「「「冒険者の都オルダームに、新たな伝説が生まれたんだ――――!」」」
歓声と、拍手と、喝采と、称賛と。
それはドラゴン素材を取ってきた際の激賞よりもさらに大きく、さらに強く。
舞台の上に立つ俺は、数多の声を一身に浴び続けた。
「どうだ、今の気分は?」
隣に立つ陛下が、俺に小声で話しかけてきた。
「いや、あんまり実感が……」
俺は、あのとき同様にそんな反応をしてしまう。
「そうだろうな。俺も、ここまでの歓声はなかなかお目にかかったことがない」
「……陛下」
「ん? 何だ?」
「俺、これからどうすればいいんですかね」
大冒険者、なんて大それた称号をもらって、俺はこのままでいいのだろうか。
「どうしてもいいんじゃないか。間違えん限り」
「え?」
「何者よりも自由な生き方。それが、冒険者ってヤツだろう?」
……何者よりも自由な。ああ、何かしっくりくる。
「ええ、そうっすね」
陛下の言葉に納得して、俺は舞台の上で胸を張った。
止むことのない俺への歓声に、俺はしばし、全身を浸したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その日の夜は、オルダーム全体が祭りの会場となった。
「
「「「うぃーっす、リュリの姐御!」」」
メイン会場の冒険者ギルドにて、誰よりもはしゃいでいるのがこいつである。
「大冒険者誕生を祝して、カンパァァァァ――――イッ!」
「「「カンパーイ!」」」
ガチンと酒が注がれたジョッキがぶつかる音がする。
そして、すっかり顔を赤くしたリュリがデカイジョッキをんっぐんっぐと呷る。
「
と、嬉しそうに言うチビ棟梁の周りには、酔い潰れた同業が死屍累々。
よく見ると、潰れた中にはピエトロとリィシアもいる。何やってんだギルド職員。
「よぉ飲むわ……」
「そうですねぇ~……」
ギルドの酒場の片隅で、俺は水を、アルカはジュースをチビリチビリと飲んでいる。
俺は、正直ちょっと飲みすぎた。あんまり酒に強くないんだよなぁ、俺。
アルカは、お酒の味があんまり好きじゃない、とのこと。
そう言って果実のジュースを飲む彼女は、ちょっと子供っぽくて可愛らしい。
「カンパァァァァ――――イッ!」
「「「カンパーイ!」」」
またやってる。
このままじゃ夜明けまで乾杯してそうだな、あいつ。さすがはドワーフ。
と、思って見ていたら、目が合った。
「
何か来た。両手にジョッキを持って。
「いや、もう限界だから休んでるよ。あと、アルカは飲めないっぽいから」
「
そりゃいるだろ。
おまえの『この世界』じゃ酒が水だったりするのか?
「
ジョッキを持ったまま、リュリが俺に指を突きつけてくる。
顔を酒で真っ赤にした酔っ払いが、一体何だってんだ。と、俺は水を一口。
「おまえに、アタシを嫁に貰う権利をくれてやる!」
ぶばっふ。水噴いた。
「
俺に指をさしたまま、リュリが笑ってそう叫ぶ。
よく見れば、その指先どころか全身プルプル震えているし、にわかに涙目だ。
こいつ、顔が赤い理由は、酔ってるだけじゃなかったんか!?
「待て待て待て待て、それはさすがに待て!」
口元を腕で拭い、迫るリュリに向かって俺はさすがに叫ぶ。
少し離れた場所には、酒と肴を手に俺達の様子を窺っている『靭たる一団』の連中。
「おい、おまえらも野次馬ってないで、自分トコの棟梁どうにかしろ!」
「いや~、それが……」
と、焼き鳥を右手に持った男が、苦笑して首をかしげる。
「実は前々から棟梁に相談されてましてね~」
「そうそう。どうしたらレントさんに好意を伝えられるか、とかねー」
「棟梁、いつもは豪快なんだけど、こういうことは奥手だから……」
おい、待て。それって。
「
うわああああああ、止めるどころか背中押してやがったァァァァァァァ!?
「ってワケです、レントさん。ウチの棟梁、よろしくお願いします」
愕然となる俺に『靭たる一団』の連中が、揃って頭を下げてきた。
当然、そんなものは受け入れられるワケがない。
「お願いしますじゃねぇよ! 俺にゃアルカがいるんだよッッ!」
「え~、リュリしゃんがだんにゃ様のお嫁しゃんにでしゅか~、いいでしゅよ~」
って、アルカさん!?
「おまえ、アルカ! これ、酒じゃねぇか!?」
「甘くてぇ~、にょみやすくてぇ~、おいしいれすぅ~」
何と、アルカがジュースだと思って飲んでいたのは、度数の強い果実酒だった。
「
「待てィ! 勢いで押し切ろうとするな! 俺の気持ちだってあるだろうが!」
アルカという最後の砦が陥落しても、まだ俺自身が認めたワケではない。
しかし、俺の抵抗にリュリは急に勢いを萎れさせて、
「……アタシじゃ、ダメかな?」
こいつ、急にしおらしくなりやがって!?
「こんなガサツなアタシじゃ、やっぱ無理か……」
「くっ……」
声をかすれさせて俯くリュリに、俺の心が激しく揺らぐ。
そもそも、俺が今の立場を得られたきっかけは、間違いなくリュリにある。
こいつとの出会いがなければ、俺はどうなっていたか。
それに、俺は単純に、冒険者としてのリュリを好ましく思っている。
特に、あの『巨神魔像』との戦闘中も仕事を止めなかった情熱は尊敬するしかない。
そんなリュリを、俺がどう思っているか。そんなの。そんなの……、
「リュリのことは、き、嫌いじゃねぇけどさ……」
俺は目を逸らしながら、低くうめくようにそう言った。
するとリュリがバッと顔をあげ、次の瞬間にはもろ手をあげていた。
「
「「「ウィッス! おめでとうございます、棟梁!」」」
「おめでとうございます、じゃ、ねぇわァァァァァァァァ――――ッッ!!!!」
賑やか極まる冒険者ギルドに、俺の悲鳴がこだまする。
だがこれも、俺が勝ちとったものだと思えば悪くは、悪くは……、いやどーかな。
いきなり嫁が増えたって言われて、軽く受けるのはバカだろ、さすがに。
ま、これについては後日よく考えるとしよう。
酔いが醒めれば、アルカの意見も変わってくるかもしれないし。
「えーい、飲む! 今日は飲むぞ! 飲み直しだァ――――!」
「「「イェ~~~~イ!」」」
もう何も考えないことにして、俺は新しく酒が注がれたジョッキを掴んだ。
俺の名はレント・ワーヴェル。
史上最高の冒険者と謳われた大賢者の生まれ変わりで、転生の失敗が原因でロクな能力も持つことができず、無能な失敗賢者と呼ばれた男。
だが、楽園世界エルシオンに落ちたことで、俺の人生は一変した。
失敗賢者の名を返上し、大冒険者の名を授かった俺だが、やることは変わらない。
俺はこれからも、やりたいことをやり続ける。
だってそれが、俺が思う正しい冒険者の生き様ってヤツだからな!
失敗賢者は楽園を手に入れる~転生に失敗した彼が大冒険者と呼ばれるに至るまで~ 楽市 @hanpen_thiyo
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