第34話 失敗賢者は汚名を返上する

 気持ちよく寝すぎて、三日寝ちゃった。

 街に帰って、ギルド長にことの顛末を報告して、確保した証拠渡して。


 それから行きつけの宿に帰って、寝た。

 もう、寝た。メシも食わず、外に出ることもせず、ひたすら寝た。


「……寝すぎでしょ」


 ギルドから呼び出しを受けて起こされた俺に、ルミナが眉根を寄せて言う。

 ここは宿の食堂。

 空っぽになった腹に適当に何か入れて、これから俺とアルカはギルドに向かう。


「本当に、ず~~~~~っと寝てましたよ、レントさん」

「みたいだなぁ……」

「アルカは、二日目で起床しました!」


 麺を啜る俺の隣で、焼いたお肉を飲み込んだアルカが、軽く手を挙げる。


「あれ、そうなの? 起こしてくれてもよかったんだが」

「旦那様の健やかな寝顔を眺めている間に、今日になっていました」


 ぶぼっほ。麺噴いた。


「きゃあ!? ちょ、レントさぁん!」


 向かいの席に座るルミナが、驚いて立ち上がった。

 いや、悪い。ごめんね、ルミナ。でもさぁ、俺だけが悪いのかな、これ!?


「…………?」


 俺が咎めるような目でアルカを見ると、ニコニコとした笑顔で返された。


「……はい、俺が悪かったです。はい」


 無理ですわ。この子の笑顔は、叱れない。

 俺が罪を背負うことで、この笑顔を守れるのならば、それで……!


「惚れた弱みですねぇ」


 うるさいよ、ルミナ。しみじみ言うんじゃないよ!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 仲間と待ち合わせているルミナと別れ、俺とアルカはギルドを目指した。

 ルミナは、ワーレン達とパーティーを組み直したそうだ。

 あの三人なら俺から見ても信頼できるし、いい選択だと思った。


 さて、ギルド到着である。

 入ると、まずは視線の集中砲火を浴びる。


「来たぜ、大賢者様だ!」


 そして、聞こえた第一声がそれだ。


「よぉ、大賢者! 数日空けてたな、何してたんだよ!」

「大賢者、一緒に飲まねぇか? 話聞かせてくれ!」

「待ってくれよ、大賢者。俺の話を聞いてくれ、いい儲け話があるんだよ!」


 何度「大賢者じゃねぇ」と言っても、この連中、聞きやしない。

 ちょっと前まで『失敗賢者』としか呼んでこなかったクセに、現金な連中だわ。


「旦那様。どうします?」

「いいから、カウンター行くぞ」


 俺は、騒いでる同業共を無視して、足早に受付カウンターに向かった。


「レントさん、いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 リィシアが俺のお辞儀をしてくる。う~む、まだ慣れないな。


「ギルド長に呼び出されたんだけど」

「はい、承っております。ご案内させていただきますので、こちらにどうぞ」


 部屋の前まで案内されて、俺はノックしてからドアを開けた。


「やっほ」

「どもっす」


 ゆるく手を挙げるピエトロに軽く会釈し、部屋に入る。

 中には、ピエトロ以外にもう一人、知らない男が椅子に座っていた。


 大きな体格をした灰色みの強い金髪の、壮年の男だった。

 意志の強さを感じさせる太い眉と、切り揃えられた口ひげがいかにも凛々しい。


 服装はありふれた町人のものだが、まるで似合っちゃいない。

 明らかに貴族だが、ピエトロが男を手で示して、軽く紹介してくれる。


「陛下」

「…………」


 一瞬、心臓が止まった。


「あれ、どうかしたかい、レント君」

「いやいやいやいや、その紹介はないでしょうがよぉ!」


 ゆるいクセして傍若無人が極まってんだろ、このギルド長!


「え~、だって、陛下は陛下だし。ねぇ、陛下?」

「今日の俺は謎の匿名依頼主Xというていで扱えとおまえに言ったはずだが?」

「……あ、そうだった。ミスった~」


 ミスってんじゃねぇか!


「まぁ、許せ。レント・ワーヴェル。こいつは昔からこういうヤツだ」


 陛下はため息をついて俺にそう呟く。

 もうそれだけで、俺の中で陛下への好感度爆上がり。この人絶対、苦労人だよ。


「まぁ、座れ。今日は他でもない、報酬に関する話をしに来た」


 陛下に促され、俺とアルカは空いている席にひとまず腰を落ち着かせる。


「まずは、依頼主として礼を言う。ゼルバール侯爵に関する件、感謝している」

「え……」


 いきなり頭を下げてくる陛下に、俺は何を言えばいいかわからなかった。

 だって、俺達が暮らしているこの国で一番偉い人だぜ、この人。


「陛下、いいんですか~。一国の王が、頭なんて下げちゃって」

「黙れバカエルフ。今日の俺は謎の匿名依頼主Xだと言っただろうが」


 謎の匿名依頼主Xという立場は貫くつもりらしい。心が強い。

 だが、そういう扱いでいいのなら、俺も何とか会話をすることができそうだ。


「報告は聞いたが、まさか本当に大魔王の生まれ変わりだったとはな。最初は何の冗談かと思ったぞ……」

「でも、例の廃城、とんでもないことになってたしね~」


 騎士団が確認したのだろうが、まぁ、驚くわな。

 周りの木々は枯れ果てて、ドレインされた兵士の死体もかなり転がってたし。


「最悪は隣国との戦争どころか、人類と魔王軍の大戦が勃発していたかもしれないのだな。

それを思うと、殊更おまえの功績は大きいぞ、レント・ワーヴェル」

「ありがとうございます」


 う~ん、会話はできそうだが、どうにも畏まってしまう。

 目の前の謎の匿名依頼主X、大魔王や紅白ドラゴンとはまた違った迫力がある。


「侯爵家関連についても、最良の結果だ。あのクソ爺がいなくなった以上、ここから先は王家のターンだ。クク、クックック……」

「ひぇっ」


 ギラつく陛下の眼光に、レベル7000を超える俺がのどを鳴らしてしまう。


「で、だ」


 陛下がコロッと表情を変えて、パンと両手を打ち鳴らす。


「そんな、最良の結果を俺のもとに運んできてくれたおまえに、俺はどう報いるべきだ? 報酬の内容は覚えているな? 何でも言ってみるがいい。レント・ワーヴェル」

「……じゃあ」


 俺は、ここに来るまでに決めておいたお願いをすることにした。


「家、ください」

「ほぉ、自分の家が欲しい、と。いいぞ、使っていない宮殿なら幾つかあるぞ」


 そういうのじゃなくて!


「少し前まで『金色の冒険譚』が本拠地に使っていた屋敷を、俺にください」


 俺は、それを陛下にお願いした。

 別に宿に住んでいても不便はないが、やはりマイホームというのは魅力的だ。

 それにずっと訓練の場にし続けてきたあの屋敷には思い入れもある。


「何だ、そんなものでいいのか?」


 陛下は、拍子抜けしているようだった。


「俺はてっきり、莫大な褒賞か叙爵辺りを望んでくるかと思ったんだが」


 貴族とかめんどくさいに決まってるからゴメンです。

 こちとら、冒険者としてまだまだやりたいことあるっていう話なワケで。


「何だ、そうかぁ。貴族になる気はないのかぁ、勿体ないなぁ。残念だなぁ」


 え、何です、その反応?


「おお、そうだ!」


 と、ここで陛下、何かを思いついたようにポンと手を打つ。


「貴族になる気はないなら王族はどうだ? 俺の娘の婿にならんか?」

「……何でそうなるんです?」


 いや、本当に何で?


「大魔王を倒すような男だぞ。欲しくなるに決まっているではないか。それにおまえは大賢者の生まれ変わりなのだろう? ならば相応の地位というものが――」

「俺は、大賢者じゃないです」


 それが不敬と承知しながらも、俺は陛下の言葉を遮った。


「そう呼ばれるくらいなら、まだ『失敗賢者』と呼ばれる方が千倍も万倍もマシだ」

「……ふ、む」


 俺の言葉に、陛下は腕を組んで椅子に身を沈める。


「そうか。では、おまえに『大賢者』の称号を授ける計画もオジャンだな。残念だ」


 何てこと考えてやがる、この国王陛下!?


「それにしても、何でそんなことを? 本物の大賢者を味方につけておけば、他の国との外交とかでデカイ顔できるから、とかですか?」

「バカにするなよ、レント・ワーヴェル」


 叱られてしまった。


「おまえのこれまでのいきさつは聞いている。出自を考えれば仕方がないことだが、おまえを利用してきた連中と同列に扱われるのはさすがにたまらん」

「すいません……」


 でも、じゃあ何で、俺に『大賢者』の称号なんてものを?


「俺はな、レント・ワーヴェル。この国の王として、国の危機に発展しかねない事態を解決してくれたおまえという冒険者を、正当に評価したいと考えているのだ」

「正当に……」


 真っすぐに俺を見てくる陛下に、俺は言葉を続けられなかった。


「今回の一件、詳細は表沙汰にはできん。だが、おまえが大魔王を討ち果たした事実は広く世に知らしめるべきだ。ゆえに俺は、公式におまえに称号を授けようと思った」

「陛下からの評価は、素直に受け取っておきなよ、レント君~」


 それまで見ていた、ピエトロが言葉を加えてくる。


「おう、俺はおまえを見込んでいる。だから婿にと誘ったんだが――」


 陛下の目が、チラリと俺の隣のアルカを見た。


「……すでに間に合ってるっぽいな」

「まぁ、そうっすね」


 俺は、自分からアルカの方に腕を回し、これ見よがしに身を寄せる。


「だ、旦那様……!?」

「俺には、この子がいますんで」

「「チッ!」」


 陛下とピエトロが同時に舌を打った。

 国王陛下に舌を打たれる。エルダードラゴンに謝られたのと同レベルにレアだな。


「ん~、しかし、大賢者、大賢者……。う~ん」


 まだ言ってるよ、この国王。

 その評価自体は嬉しいが、だからって『大賢者』の称号は冗談ではない。


「よぉし、わかった。では『大賢者』ではなく『大冒険者』にしよう!」

「だい、ぼうけんしゃ?」

「そうだ。大賢者よりもよっぽどおまえに似合っている称号だと思わんか?」


 その場にいる全員の視線が、俺へと注がれる。


「……旦那様」

「ああ」


 アルカに問われるまでもなく、俺の答えは決まっていた。


「それ、いいですね。受けさせていただきます」

「そうこなくてはな」


 陛下がニヤリと大きく笑った。

 そして、俺はようやく『失敗賢者』の汚名を返上することになるのだった。

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