悪魔の与える能力

草場そう

悪魔の与える能力

 冬になると母の手先にささくれが数か所できていた。ささくれとは水仕事を多くやっているとできるらしい。小さい頃はなんとも思っていなかったが、大きくなりいざ自分にもささくれができるとひりひりして痛い。この痛みを我慢してまで家事を毎日していたのだと思うと、母に対して頭が上がらない。

 自慢の母だった。

 私にとってささくれとは日々の営みをそつなくこなす努力の証だった。

 そう、昨日までは……




「もしもし、聞こえるか……」


 眠い。寝ているはずなのに誰かの声が聞こえる。一人暮らしだから他人の声なんて聞こえるはずがない。

 まあ多分夢だろう。まだ起きる時間ではないはず。

 ということで寝ます。


「起きろや」


 重苦しく低い声で起きろと言われた気がする。

 眠い。やっぱり気のせいだろう。寝ます。


「いい加減にしろ!!」


 ガツンと頭を叩かれた。私は眠気が吹っ飛び衝撃で目を開いた。すると至近距離で白い仮面を付けた誰かが私の顔をまじまじと見ていた。


「ぎゃあああああ!!」


 私は驚きと恐怖で悲鳴をあげた。多分隣の部屋の住人にも聞こえているかも知れない。夜だからぐっすり眠って気づいていないことを祈ろう。

 目の前の仮面を付けたなにかについて考える。

 男か女か、判断できない。手足はある。二足歩行はできると思う。そもそも人間ではないのかもしれない。

 だってふわふわと宙に浮いているのだから。

 もちろん見覚えはない。会ったこともない。

 自分の頬をつねる。あれ?痛くない。実はこれは夢で起きれば目の前の光景ごと消え去るのではないだろうか。

 そんな自分の思考を読み取ったかのように目の前のなにかが言葉を発した。


「ここは夢と現の境目だ。俺たち以外にとってはこの空間と時間は存在しない。しかしお前は違う。これから起きることはお前の現実に適用される。ちなみにお前の脳内イメージで創り上げているから自室が映し出されているにすぎないぞ」  

「だ、誰ですか」


 話が通じる相手か分からないが、とりあえず今の思いを言葉にして出すことができた。 


「悪魔だ」

「はは、そうですか……はい?」


 駄目だ。混乱してきた。悪魔とか意味がわからない。やっぱり寝ていいですか。


「寝るなよ」


 こいつ思考が読めるのか。


「読めるぞ」

「脳内会話できてる」


 アニメや漫画の世界でよくあるやつだ、これ。というか悪魔ってこんな感じだったか。


「便宜上悪魔と言っているだけだ。落ち着いたか」

「はい」

「では本題にいくぞ。お前に力を授けよう」

「え、なんで?」

「特別な能力を与える。お前に拒否権はない。これから説明する能力のうち一つを与えるぞ。喜べお前は選ばれたのだ」

「力をもらえるんですか?やったー!」

「さっきまでの警戒心はどうした?」


 意外とフランクな仮面の悪魔に慣れてきたのか、私はすっかり恐怖心が消えていた。


「まず一つ目は玉ねぎを切る時に涙が出ないようにする能力だ」

「わりとしょぼい能力ですね」

「はあ?この前主婦に与えたら絶賛された能力なんだが。あと能力を使う度に指先にささくれができるから気をつけろ」

「悪魔と名乗るぐらいだから空を飛べるとか、もっとすごい能力がくると思って。他にはないんですか」

「お前意外と図々しいな」

「えへへ」

「褒めてないが」


 正直、玉ねぎを切る時に涙が出なくなるなんて便利だとは思う。だけどもっとすごい力を欲しがるのは人間の欲とも言えるだろう。


「次は水アカやカビを取る能力だ。念じれば風呂場やシンクの汚れも一瞬でピカピカだ。これも能力を使う度にささくれができる。しかも結構治りづらい」

「さっきよりちょっと凄い」


 水アカ汚れを取るなんて結構便利だ。掃除が楽になる。


「もっと良いのはないんですか」

「やれやれ、まったく最近の若いのは……。次は材料があれば一瞬でご飯が作れる能力だ!材料に向かって手をかざして念じるとできるぞ」

 

 自慢気に悪魔は話す。

 確かに今までの能力の中で一番魅力的かもしれない。仕事で夜遅く帰って来た時に材料を揃えておいたらいつでも出来たてホカホカの食事がとれるということだ。


「いや、いつでもは無理だぞ。一週間に一回使える。あとこれも能力を使う度にささくれが両手にできる。結構痛いぞ」


 私の思考を読み取ったのか悪魔が速攻情報を追加してきた。


「なんか微妙に使いづらいですね」


 悪魔の与える能力候補はすべてささくれができる代償がある。能力もとても便利だがなんだか地味だ。

 もしかして悪魔の与える能力って。


「分かった!ささくれができる程度の能力しか与えられないんでしょ」

「ぐっ、痛い所つくな。そうだよ、俺は低級悪魔だ。ささくれを代償にした能力しか与えられない、しがないサラリー悪魔だ」

「サラリー悪魔ってなんですか」

「人間相手に能力を売る商売をしている。成績を上げないと昇給できない。お願いだ、能力を買ってくれ。いや買ってください」


 最初の威厳溢れる悪魔はどこへやら。仮面を被っているから表情は分からないが、声を聞くだけでも情けない表情が目に浮かぶようだ。


「分かりました。じゃあ最後の料理の能力でいいです」


 なんだか眠くなってきたので、早めに切り上げようと適当に最後の能力にした。


「うむ、ありがとう。では明日の朝、目覚めたら使えるようになるであろう」

「……はい」


 眠くなってきた。悪魔の声がだんだん遠く聞こえる。私は生返事をして再び深い眠りについた。




 朝。外の窓からチュンチュンと小鳥の声が聞こえる。

 ぼんやりと昨日の夢を思い出す。そういや、悪魔と会話をする夢を見たような気がする。なんか料理ができると言っていたような。

 本当に作れるのか。

 嘘か本当か試してみようと、ほうれん草とベーコンと卵と調味料を机の上に置いた。

 手をかざし念じてみるとほうれん草とベーコンと卵の炒め物ができた。しかも湯気がたっている。出来立てだ。


 痛っ。

 念じた直後に手に痛みが走る。両手にささくれが数カ所できていた。

 なるほど、これがあの悪魔の言っていた代償か。

 本当に能力が使えるようになっていた。

 冷静に考え直すと、水アカ汚れを落とす能力の方が良かったのかもしれない。


 もしもし悪魔さん、クーリングオフは可能ですか?



 もしかして、母のささくれって……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔の与える能力 草場そう @sousou34

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ