ささくれ穿つ

ナナシマイ

他人に向けられた「偉い 」を消費しきれなかった。

『あり得ない。夫がまた洗い物をそのままにして寝てた。汚れ落ちない。ほんと腹立つ!』

 投稿ボタンを押そうとして、その親指にささくれを見つけた。

 ぜんぶ消してから打ち直す。

『洗い物、せめて水につけてっていつも言ってるのに。夫がぜんぜんやってくれない』

 こんどは少し考えてから、『仕事で疲れてるのは分かるけども!』と付け加えた。

 投稿……しようと思ったけれど、やっぱり、ささくれが目に入る。なんでか、さっきよりも気になってしまう。

 綺麗じゃないな、と思う。うん、綺麗じゃない。

 ぷちっと毟って、ついでに投稿画面もバツ印で閉じる。下書き保存もしない。

 すっきりした気分でタイムラインを眺めて、だけどすっきりしたはずの親指が痛いことに気づく。ささくれを毟ったところがスクロールで擦れているのだ。

 代打、人差し指。誤タップしないようにスクロールは強め。割れた画面に引っかかるけどしかたない。

 そうやって気をつけてもいいね・・・しそうになって、指をとめた。いいね十九件。五分前の投稿。いつもなら飛ばすようなちょっと長めの文だけど、読んでみる。

『@marina しごおわ。今から帰宅して夕飯作って風呂洗って洗濯もしなきゃだ〜。今日は旦那早上がりの日だけどたぶん何もしてない。朝出るとき夜は雨かもねーっていちお言ってみたけど伝わってる気しないし。はー今日は何時に寝れるかな。わら』

 前から、たぶん同年代で夫婦共働きで、似た境遇だなと親近感を覚えていた人だ。この投稿内容にも、自分に当てはまるような感じがする。

 コメントには共感する声や彼女を褒める声が寄せられていて、そっか、と思った。

 そっか。私も、偉いんだ。

 中途半端な位置にとめていた人差し指で、いいねをする。

 それからmarinaさんのアイコンをタップして、他の投稿も見てみた。お洒落な写真や楽しそうな話題に挟まれる、旦那さんの愚痴。彼女を擁護する声。

 ささくれもないはずの指が、痛いような気がした。

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