第2話 ダメダメエロ親父、いつも同じな帰り道。



 チャリンコで数分。隣のやけに真っ青な家に存在感を奪われている駄菓子屋『ベイル』に着く。


 ガラスが入った扉を覗けば、入り口から一直線に、レジとが見え、その脇、くじが所々垂れ下がった焦茶の壁には、多種多様で色とりどりな駄菓子が、仕切り板に仕切られた台車に、雑に積み重なっている。


———そう。ここの駄菓子屋店は、唯の駄菓子屋ではない。

 カウンターでカレーを頼むことが出来るのだ。それも駄菓子入りの。


 それでいて300円と激安に感じれるのだが‥‥何と駄菓子無しカレーは250円で頼めてしまうのだ。そう、態々300円出さずとも、購入した分を適当に入れてしまえば安く済み、皆『ズル』として駄菓子を忍ばせるように。


———まぁその所為で、店主の目つきはドンドン鋭く恐ろしくなって客が寄り付かなくなってしまうのだが‥‥





「何これ・・・・リニューアルメニューおかし過ぎない?ヘンテコ店にも程があるって言うでしょうが、これ。」


 外でメニューを吟味する未里が、顎に指を当てながら不思議がる。



「あれ?そんなおかしいか?カレーに駄菓子乗ってるだけだろ?」

「十分イカレてるでしょーよこれは・・・・何?ブラックカレーとか書いといて実際はブラックサンダーカレーって・・・」


「ま、普通のカレーもあるらしいし?未里が食べれない、って事は無いんじゃ?」



 ふーん、と皆で納得し、未里を先頭にゆっくりとドアを開け、『ベイル』に入る。

 カランカランと懐かしさを感じるドアベル、少々年季ものなのか、不協和音を立てながら開くドア。


 1人で店を切り盛りしている『永見荘吉』が、ため息を吐きながら真白なコーヒーカップを布で拭いていた。


 その姿は、如何にもこれまでの人生が多難であったことを思わせる幾重いくえにも刻まれたシワに、意外と顔のパーツは整っては居るのだが、黒く点々とした青髭が醸し出す不潔感がその長所を打ち消してしまっている。

 唯一手放しで褒めることができたダンディーボイスも‥‥それを使ってしつこくナンパし始めたので、もう救いようが無い。




「あ〜・・・遠宮の奴め・・・おっと、いつもの3人か、注文は?」


 何やら、前の客がやらかしたのか。

いつにも無く不機嫌な顔が有り、カップを拭くのも何処かぎこちなく、力が籠っている様だった。


 だが、それもさっきまで。

未里の存在を視認した瞬間、スイッチが入ったかの様に深い笑みを浮かべながら接客へと入る。



「すみませーん!この『ヨーグルトカレー』下さい!」

「俺も同じで。」


「了解。未里ちゃんはどうする?」


 明らかに俺ら2人と違う目つき、違う声色で声を掛け、心なしか体を未里の方へと傾けている様な・・・


「じゃあ・・・普通のカレーで。」


 3人の注文が終わり、暫く待つことに。

暇つぶしか、どうしても知りたいのか。石咲が話を切り始める。



「なぁ、皆は春休み入ったらさ、どうする? その・・・何か俺らってさ、実感ないけど特別じゃん。で、何か休み中にさ・・・」


「特に無いね。桜との付き合いを見直す時間かも」

「私はー、お父さんの活動の手伝いって最初から決めてたよ。」



「もう決めてるの・・・早過ぎだろぉ、でも・・・五十嵐さんとは、もう少し仲良くする為にやっぱ時間使うべきかなぁ?なぁハル?」


 本当に神妙な顔つきをしながら、石咲が同居人に対して思考をする。

 石咲も、確かに少しぶっきらぼうな所はあると思うが‥‥‥仲良くなろうとする努力はしっかりしてるんだな。



「うーん、五十嵐さんってどんな人なの?何か暴力系家族ってウチの桜にも通じるとこあるけど。」


「あのなぁ‥‥ずっと板チョコ攻めなんだよ、あの人。あ、いや大好きなんだよ‥‥板チョコはな。でもな、毎日お出しされたら虫歯になるってモンだろ?それに3食チョコだし。」



 まぁ、石咲の不満も何となくは分かる。親切とありがた迷惑のすれ違いって事は。

 学校での彼らの立ち振る舞いや掛け合いからは全く想像出来ない微笑ましさだ。



「へえ、五十嵐さんって結構優しいんだね。」

「そうそう、そうゆー家族、大切にしなよ?石咲。」


「え、ちょちょ‥‥俺を哀れんでくれねぇの?」

 困惑して頭上にハテナを浮かべ困り果て、目元が垂れ下がりふためく石咲に対し、返す答えは決まっている。


「「お前はこの中でいっちばん恵まれてる家族なんだよ。」」


 そう言い切られ、目を大きくして理解を飲み込めていない石咲を尻目に、永見さんから声がかかった。


「あいよ、ヨーグルトカレーだ。」

「‥おっ、良いぜハル。」


 駄菓子の「ヨーグル」をただかき混ぜぶっ掛けたカレーが、佐倉の元へと出される。


「サンキュ。紫雄。」


ヨーグルを入れて多少黄土色に近づいたルーを、1掬いすくいして口へと運ぶ。


 その味は辛さなどほぼ消えたまろやかその物で、具材は口内でとろける程柔らかく、甘い。



 そこから数十秒の内に、残りのカレーも、永見さんから2人に手渡される。


 石咲は口元を緩めながら、未里は汗をかいた手を加速させながら各々カレーを美味しそうに頬張っている。


 腹が満たされたからの余裕なのか、話の話題も軽く、明るいものへと変化して行く。



「なぁ‥‥正直言って良いか?」

佐倉もまた、神妙な顔つきでスプーンを皿に置き語り始める。


「おん?どしたどうした?」

「勿体ぶらずに早くいーなよぉ〜、佐倉ぁ」



「あのなぁ、その‥‥橙根さん、知ってる?剣道部の‥俺の先輩の。」


「ふむふむ‥で?」

「ちょっと?まさかー‥‥」


 顔色を一切変えずに話を聞き入れる石咲を尻目に、恋バナの匂いを感じ取った未里は目を大きく開き、キラキラと輝かせて石咲の上から佐倉を眺める。


「そのー‥‥あの人、俺に対してめちゃボディータッチ多いんよ、それも『あの‥佐倉さん、申し訳ありませんが、少々疲れたので、少し肩を貸してください』とか言って、何か寄りかかってくるって、その〜‥‥」


「あ‥そうゆう系か?」

「プ‥ププッ」


 本当にそんな事があり得るの?と面を食らった顔をし、キョトンと見つめる石咲と、余りの馬鹿馬鹿しさと佐倉の余りのウブさにカレーを吹きかける未里。



「万が一も無いぞ。諦めな。」

顔を紅く染めながら照れ臭く話す佐倉を遮り、抑揚のない声で永見は続ける。


「彼氏でも無いのに、か‥‥|それだけでオチる様な安い男は好意を寄せられるどころか、恋愛なんて無理だぞ?」


「えぇ‥‥マジっすかぁ?」

「もちろん本当さ、俺が何年恋愛と本気になって向き合って来たと思ってる。」



 目線はコーヒーカップに注ぎながらそうきっぱりと言い切られた佐倉は肩を落とし、誤魔化す様にスプーンを走らせカレーをかき込む。

そして——



「‥‥やっぱ居た」


‥‥‥あ、そうだ。今日はカレーを食べるからご飯要らんわって母さんに伝えておかないといけないんだった。



ドアベルをカラン、と微弱に鳴らしツカツカと、高い足音が駄菓子店内に響く。


 ドクンと、忘れていた事が心臓の鼓動と共に脳へと戻った途端、俺は後ろを振り返らず、指を高速で右往左往させてカウンター上のスマホをなぞり、母さんへ連絡を終わらせる‥‥



「‥‥‥バレたからって咄嗟に連絡か?クソやろーめ」


 小さくバイブ音を鳴らし、中でこもった様な音を立てる別の携帯と、聞き馴染みのあるキレ声。

やっぱりそうだ。後ろに居るのは‥‥



「何だ?さく‥

「ふざけんなぁ!!何時いつまでお母さん待たせてんのよクソ兄貴ィ!!!」


 振り返った俺の頭部ごと髪をくしゃっ、と鷲掴みにし、木製のスツール背もたれの無い椅子から俺を引き摺り下ろし、完全に強制帰宅送還へと入る。


「バカ!アホ!マヌケ!兄貴界隈の恥晒し!——

「痛った!!悪かったがちょっと待て!?支払いがまだ——

「ごめんで済めば飯は冷えないんじゃぁ!!!」


 最早桜のスイッチはオフに出来ないので、仕方ない——財布のチャックを両手でこじ開け、そのまま小銭の大海に腕を突っ込み、一際大きい黄土色の輝きを指に摘む。


 それを永見さんに狙いを定めて——投擲とうてき

 永見さんは、投げ出された硬貨を片手でカッコよく掴み握り、離れて行く俺に助言らしきものをかける。


「何でもかんでも手伸ばしてたらな、お前の胸元に今あるモンは取れなくなるぞ?」

「はい!ですがお釣と落ちたお金頼みますぅ!!」



 その言葉を最後として、また静かにドアベルを鳴らして、彼ら兄妹は店を後にし、夜の帳が下り始めた道を通り帰る。




「ったく〜、佐倉の奴…‥仕事増やすなってーの。なぁ?未里チャン?」


「ええ‥ええ?」


 邪魔者が1人減ったからか‥‥隣でジト目をしている石咲を意にも介さず、未里へのアプローチは更に過激に。


「なぁ未里チャン、何か凛として来て無いか?明日は試験日ってのに、余裕あって良いねぇ。」

「まぁ‥‥はいそうですね‥」


 未里は目を薄く閉じて愛想笑いに追われ、永見はニィと口角をあげ、すこーしずつ、ちょっとずつ未里に顔をよせ、手を近くに添える。


 アプローチのタイミングが一切上手くいってない永見を、石咲は次第に軽蔑に変わった目つきで遠目に眺める。


 正しく典型的エロ親父の素人アプローチは、遂に一線を超えてしまう。


「なぁ未里チャン。さっきのあいつらのせいで雰囲気悪くなってごめんなぁ?ほら、お詫びと言っちゃあ何だが、これやるよ。」


「‥‥‥‥」



 永見が手に握っていた佐倉の500円玉を、お詫びとして、自分の手を未里と重なる様にして渡す‥‥もとい、合法的を狙ったボディタッチ。

 そのスケベ魂胆スケスケの永見に対し、遂に未里は吹っ切れる。



「この‥‥恋愛初心者エロジジイ!歳ってモン考えろォ!!」


 未里が触られた500円玉を永見に視認不可の速度で投げつけ、鼻っ柱を砕く。

よろけた永見は頭から棚に衝突。皿やカップの豪雨を受けてダウンするも、追撃の嵐は止まない。


「痛っ!?ちょっ未里チャンごめん許し——

「うっさい!だから!私この店!嫌って言ったのヨォ!!」


 手に握り締めた十円硬貨を怒りを乗せ、纏めて永見に何回も投げ続ける。


「このっ、このっ、エロ親父と———石咲ぃ!アンタも同罪よォォ!!」

「ふっぎゃっ!?」


 最後の一枚はこの店にまた行かせるように仕向けた石咲に投げつけ、会計を終えたと言わんばかりに背中を向け、ドアを引きちぎる様に開けて立ち去って行く。



「痛ったた…もう、永見さんって何で毎回未里の事狙ってるんすか?」


「だってさ‥可愛いから」

「はあ‥‥‥‥」


 地震の後の様に散乱した店内で、すっかりぬるくなったカレーを少しずつ頬張る石咲に、永見は落ちた時計を眺めて達観したかの様に言う。


「もうこんな時間かぁ‥‥全く、お互いにキツイ女難だなぁ。」


「そこだけは理解できるっす、永見さん。俺も五十嵐さんとは‥あんまりやし‥‥」



その後、彼らは女性への接し方、アプローチについて、カレーより熱くて辛口な議論を繰り広げたとさ。

   


  ◇



 桜に髪を捕まれ家に連れ去られる最中の佐倉春翔は、ポケーっと空を眺めていた。


 点々としているが、数え切れない数多の星。

特に印象にも残らないが、星々より一際明るい十三夜月。



 彼はそれを見て、思考や感想より先に質問が出ていた。


「なぁ桜、いつまでも‥これって続くのか?」


「ハァ?あんたがふざけた真似し続ける限りよ!」




「違うって。家族や友達が、いつまでもいるか‥‥なんか不安になって来た。ほらさ、なんか最近‥物騒だろ?」


「なーに馬鹿なこと言ってんの?そんな時代は六年前に終わったじゃん。『マトリ』だってあるしね。」



 そうかね。と納得とも疑問とも取れない答えを残し、また春翔は空に目を向け、思考にふけり始める。




——明日もまた、桜に叩き起こされるのかなぁ‥‥













 少し酸っぱく、薄青い日々を送りただ過ごしていた佐倉春翔。

 だがしかし、彼に運命が訪れる。

 そう。彼は——甘く見ていた。この世界の『裏』と言う物を。


そして、自身に課せられた運命を。



 次回、佐倉春翔編 第3話

 『在るべき場所へ帰る、花は散る。』

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