涙の枯れ尽き、彼の月。 〜 黒陽の鍵、『キーボソード』〜
くろばった
青い青春と鮮血の赤
交錯
第1話 その少年は、日々を明け暮れる。
それば、人類を敵と見做し強襲する怪物ダーマに対抗するために『ホープリル』から流入した魔法的概念波を浴びた鉱石、『異界魔鉱石 アーモリニィ』を用い、開発された武器。
自身の魂、そして異能をデータとして内蔵したメモリ型デバイスにして『希望』の象形、『Us Soul Being』通称USBを刺し、アルファベットの母音5文字、そして残りの子音21文字から選ばれた10文字が刻まれた入力キーをタップして異能を増強、発展させて行使する魔法剣である。
《中略》
世界に溢れる怪物、ダーマを処理する為に、総数の三分の一を失った人類は、キーボソードの他にも秩序を保つ為に集団を迅速に創設した。
ダーマと言う地球の抗体——鉄屑などその身に通さない存在に対抗すべく、唯一の対抗手段、キーボソードを確保、運用の効率化を図る為『
———そして、剣盤希能高専から弾かれた、若しくはマトリの個人の人格を無視した教育方法から退身した者を集め、その戦力総計に換算すれば一国に比肩する程の、そしてダーマの完全撲滅を公約したことも後押しし、ここ数年で勢力を伸ばした宗教団体『淡き輪壊の空団』。
‥‥しかし、ダーマを含めたこれら日本に
———彼らの『希望』は、後の世代の自由を奪い‥‥きっとダーマ無き世界には『絶望』が
時は2024年。
季節は冬寒さが未だ身に染みる
世界の裏や歪みなど、何も知らない少年少女は、いつもの日常を続ける——
‥‥‥最近、俺は変な夢を見る。悪夢でもない‥‥、普通とは言えない夢。
何処までも、奥へと伸びる真白な壁、赤く朧に
そんな場所でも、気分はいつもと変わらず。強いて言えば、今夢を見ているとハッキリ判り、そして気分は日中の最中だ。
そんな場所に気がつけば居て、何処からか分からないが、何処に居ても聞き逃すことの無い抑揚の大きな声が、俺の体——魂の隅々に響き渡る。
「キミは何ぼーっと立っているのだい?さあ、この迷路を抜け出してみなよ。」
脳内に響き告げる、急かすような案内の声。出所は全く不明だが、この迷路とやらから抜け出す為に、いつもと同じ様に、また扉の前にまで直進した。
だが‥‥‥今回は違った。
扉の少し前。地に横たわる、白いマネキンの様な人影。半透明の引き締まった筋肉質の体、髪は一切ない‥‥そう、そこにあったのは、3Dの男性素体の様な人体であった。
「どうしたんだい?早く彼の名前を呼んであげないと。キミは倒れている
そう言われれば‥‥脳内で何かが弾け、そのショックが記憶に焼き付ける。
———『
「‥‥クソ、折角いい夢を見てたのに‥‥こんな悪夢に。‥‥って何だ?お前‥もしかして俺の事知ってるのか?」
「‥‥‥ああ。」
咄嗟に嘘を吐いた。遠宮晴人などと言う人間など聞いた事も無い。
彼は俺のことを覗くように隅々まで見、何かを決めた様な立ち振る舞いで俺に告げる。
「あーね、分かった‥‥この先の扉、俺開けれなかったからさ。一緒に迷路出るの、手伝ってる?」
答えは勿論オーケーだ。困ってるのならお互い助け合い、当然だ。
「‥‥って、1人で開けれるんだ。サンキュ」
「良いんだ良いんだ。別にこのくらい。」
厳かで重厚感が凄まじい鋼鉄の扉を軽々開き、その奥の部屋‥‥即ち行き止まりへ。
‥‥そして毎回の事、次に来る事象に備えるべく、体を強張らせて足を開き、屈める。
「さあ佐倉春翔、今度こそ、キミは力を掴むんだ。ほら、上を見上げてみなよ。」
言われ切る前にもう天を見上げる。そう、自身の上、八尺程に煌々と輝く蜘蛛の糸がそこにあった。
手を伸ばす。爪先で立つ、跳ねるように飛ぶ‥‥それでも、糸先は掴めなかった。いや、指先は微か届居ているのだが‥‥すり抜けて行くのだ。
くそっ、何でだ‥なんで毎回、この夢はこんな奇々怪界な場所で
‥‥遠宮晴人の声が全くしなくなった。どこに居るのか、どうなったのか、遥かな宙に浮く俺にはサッパリだった。
「ハァ‥‥キミはまたダメだったね。そんな1人見捨ててまで自分の『希望』が欲しいのかい?」
うるさい‥うるさい。
もう届くんだ。もうこれで救われるんだ。あの過去からずっと呪って、呪われた自分を救う‥‥
自分を救う‥‥?助け合いは?
「‥‥‥何掴んでんの?」
「‥‥あれ‥さくら?」
その矛盾に気がついた時、俺が掴んだのは、煌々と輝く金色の糸ではなく、日光を受けて優しく照る細腕だった。
「‥‥セクハラ」
瞬間、不意に来た鳩尾の衝撃に叩き起こされた脳はショート、バチンと電流が迸り、口からはもくもくとした息の塊が出る。
一瞬、吐血したかと思った‥‥
「ぐぇっ!?——桜!?痛すぎってさ!」
「遅刻しかける挙句、セクハラ?そんな人にかける情けなんて無いわね!」
霞む目を凝らせば‥‥後ろで団子に丸めた茶髪、眠気からか一重の目をそばめ、少々顔がむくんで丸い
——俺は壊れたテレビじゃねえんだぞ?
「うげぇぇっ!!————やめろってタンマって!朝っぱらから止めろよ!」
あの
「アンタたち、うるさいわよ〜!朝っぱらならもう少し眠そうにしなさーい!」
「はーいお母さん!今お兄ちゃん起こしましたー!」
桜はそう言って、俺を天井へと投げ捨て行った後、長い茶髪をかき上げ、地面でくたばる俺を一
はぁ、何で俺の妹はあんなゴリラっ娘に育ってしまったんだろ・・・・と嘆きを唱えながら、俺は床で1日の終わりみたいに、床に着くかの様にくたばった。
そのままボーッと、眠気に誘われて瞼を閉じかけた時、思い出す。
・・・・いけない、ここで寝てたらたらまた母さんに仕向けられたゴリラに蹂躙される・・・・。
朝っぱらから感傷に浸っていたのを止め、痛過ぎる体に鞭打って、一階へとドカドカ音を立てながら降りる。
下では母が楽しそうにサラサラ茶髪を揺らしながら、朝食の料理中。
もう仕上げに入ったのだろうか、こんがりとした良い匂いが鼻を通り、すでに覚醒した脳に電撃の如く
「はーい、出来ましたよっと。月見ピザトーストとポテト!あとサラダ。」
「良し!今日も当ったりィ!これでトースト系は3連チャン!」
桜が季節外れの謎メニューに対しチョー嬉しそうにガッツポーズをし、母は桜と同じ様に、その長い茶髪を手でかき上げ—————その横で俺は重いため息をつく。
何故かって?それは・・・・
半熟卵が大の苦手だから。
あの口内で拡散する不快感と言ったら・・・・まるで泥。味がついてる分更に厄介。
「うーんまい!うんまい!・・・・ちょっと?あんたトースト食べないなら私にちょーだい?」
「は?おい!ちょっと!?勘弁してよ!?俺ってまだ卵部分しか食べてないよね!?」
「嫌そーな顔してる方が悪いんですぅー、ちゃんと目覚めたなら美味しく食べなさい。ねー、お母さーん。」
半熟卵に顔をしかめた瞬間に、桜が俺のトーストの四分の一を一噛みで持っていきやがり、お母さんはニコニコ笑うだけ。
流石に朝っぱらからやり過ぎな気が・・・・まあしゃーない。適当に流そう。
「はぁ、じゃあ・・・・ほら、俺のトースト半分こするか?」
「・・・・ほら出た。そう言われたら食う気失せるんだよねー。」
・・・・何で急に遠慮するんだよ!この遅れ反抗期がっ!
[速報です。今日未明、激しく損壊した少女の物と思われる遺体が空から落下したとの報道が入りました。現在警察はダーマの仕業として遺体の身元の調査を進めています。]
突然入ったその不吉なニュースに、俺たち3人は元気を失い、黙々と飯を食ってランチマットを畳み片付け、着替えをする為それぞれの部屋へ。
◇
時刻は八時五分。
正直言ってあと25分はマジで不味い。
「行ってきまぁーす!‥‥‥ハァ、いつも思うけど、なんでアンタと同じ道なのよ‥‥」
「知らねぇし。高校決めたのは桜でしょうが。」
「あぁづ!?」
一瞬桜の凄みに推されたものの‥‥‥行って来ますの挨拶をし、玄関を飛び出て桜と一緒に同じ道中は向かうのだが‥‥拒絶するように桜の足取りは次第に早く、それに着いていく俺の足も早くなる。桜のスマホの時刻チェック感覚も次第に短くなり、桜の歩幅に合わせるのは流石にバテる。
「ん、あれ・・・」
横脇のスーパーの駐車場で、お婆さんが荷物を詰んだカートを運んでいるのが見える。
そのカートは重そうで、凸凹な地面をゆっくり進んでいた。
——突然、俺の髪の毛を引っ張り戻してくる桜。
「いった!?何何何!?」
「ふっざけんじゃ無いわよ!?遅刻しかけってるのにまーた知らない人の手助け?」
「なら桜先行けよ・・・」
「あのねぇ、お母さんに頼まれてんの!アンタが何回も何回も遅刻するって!ほら行くよ!」
そのまま逃げる様に、俺の手を取り桜は走って学校へ向かう。
‥‥‥またあいつの怪力で肩が外れそうになったけど。
急ぎ走った甲斐もあってか、始礼3分前に校門が見えた。
桜は急ブレーキをかけた様に回転していた足を止め、学校まで普通に歩いて行く。
「アー、やっと別れてスッキリするぅ!じゃ、私はアンタがのうのう暮らしている内に『剣盤希能高専』でキーボソードを振るって強くなってくるからじゃあねぇ〜!」
そう喋ったら、俺と離れる合図。桜はまるでステップでもしている様な歩幅で俺と別れ、別の、彼女の学校へと向かう。その間には、「まったく知らない同士ですオーラ」が充満していた。
まぁ・・・・中学からこんな感じだけど、思春期なんでしょ?煽り癖とかさ、こういうの。あんまり深く言わない方が良いよな。
そういつも心の中で思っていれば‥‥これも当たり前に受け入れて、朝っぱらからの一件もすっかり風と共に消えていた。
校舎に入って内履きに替え、何の感情も沸かないままに階段や廊下を歩きクラスへ向かう。
扉の前に来た時、教室ではもうクラスメートは全員集まり、所々で集団を作って話をしている。
そして、俺が入る前にもう見つけ、話しかけてくれる人が2人。
——
「よっ!ハル。 今日こそはセーフだな!お手伝いノルマはどうだ?」
「はぁ〜あ、やっぱ桜ちゃんが色々やってきてきついでしょ? 思春期真っ只中の女子は怖いんだぞー?経験談だけど」
「・・・分かるぜその気持ち。この身分じゃあ言いにくいが、うちにもチョー面倒くさい
堂々と、胸を張って貶す
((うわ・・・配慮のかけらも無い奴、))
2人して、同じ顔と同じ声で完全にシンクロ、それでも石咲は「言ってやったぞ感」を放ち続ける。
「・・・言ったな?このクソ無銭居候・・・」
「え、?・・・・・うわぁ・・・ユルシテ、スンマセンデスカラァ
同じ教室に居るにも関わらず、大声でヘイトを逸らした
「・・・良く分からないけど・・・こうゆう生活も、紫雄にとっては良いのかなぁー?」
そう、未里が興味深そうに彼らを目で追っている。
そう言えば・・・石咲の父さん母さん、見た事無いなぁ、っでクラスメートと同居・・・
「ふーん。なんか・・・凄いんだな」
そんな話は俺にとって難し過ぎて、そんな反応しか出来なかった。
「朝礼の時間だ、お前ら早く席に着け。」
その思考を遮る様に、担任の先生——
◇
授業は目まぐるしく過ぎていき、もう放課のチャイムが鳴り響く。授業内容はとっくのとうに右耳から左耳をすり抜け、遠い彼方へと消え去る。
眠気がのしかかる
そのまま帰りのホームルームは終了し、居残りで勉強する者、1人で帰る人などなど‥‥皆、其々の道について行った。
そして、俺も約束してた場所に向かおうとした時だった。
「なぁ佐倉。3年の体育大会‥‥応援リーダー決めとかかなりキツめじゃないか?こりゃあ
めちゃくちゃ奇怪な口癖を持つこいつは、クラスメートの
名付け親には申し訳ないが、ヘンテコな名前の分、優秀で真面目で‥‥更に羨ましいことに顔もスタイルもイケてる。
清潔感溢れる艶やかな黒髪、そしてそれを彩るかの様な薄紅の髪先、おまけにデコが見える程のセンターパート、輪郭に余分な肉が無いしょうゆ顔という勢揃いにダメ押しのパッチリ二重と空色の瞳孔。そして、髪をかき上げればサラサラと光の粒子が舞うかの如く、それに心惹かれる。
うん、ずりぃや。俺にも分けてくれ。
「まぁ〜、俺が手上げるから?大丈夫でしょうよ。」
「‥‥うーん———佐倉はバカ?」
「‥‥‥へ?」
「こう言うのは
『い・う・なぁ!!』
と叫んだものの、三年生に与えられた応援リーダーの枠、男子2人分はやはり石咲と御冬で埋まってしまいそうなのは薄々分かってはいるが‥‥やはり何かしら存在を示したい。
やけに気難しく、哀れながら叶う訳の無い希望に顔をしかめさせる佐倉に髪をフサフサ触りながらため息をつく御冬。
——その時、後ろから不意に、声が掛かる。
「おーい。佐倉、とっとと食べに行くんじゃ無かったのー?」
後ろでは、未里がジトーっとした目つきで御冬を見つめながら、少し伸ばした声で佐倉の事を呼びかける。
「あっと、じゃあ御冬、また明日なー!」
「オーケ、明日にちゃんと備えとけよー。」
そのまま手を振り、御冬と別れ、足を重ねて不機嫌そうにしている未里と合流。
あいつはにこやかに笑って、小さく手を振って俺を送り出してくれた。
「なぁ未里?お前ずーっとあいつの事嫌そうに見てるけどさ、別にそんな悪い奴じゃ無いよ?」
「・・・・なーんにもわかって無いね、ノーテンキ。」
「へ?」
「だから、ノーテンキだっての。」
「ちょっ、そこじゃ無いって」
そう、目線を逸らして、本当に嫌そうに、掠れた声で未里は言った。
——誰かの裏の事って、何でこんなに知りたくなるのに、探ろうとしても、聞き耳立てても、何で何も分からないんだろうなぁ‥‥
そこから話は弾まず、そのまま校門前へと。
・・・そこで、何かの違和感のような・・・何やら不思議な感じが、後頭部から入ってくる。
背後をみれば、校舎の屋上、陽を背にして立っている少女が、俺のことを見ていた。
何処かの学校の制服だろうか、紺色のブレザーに、良く見えないがミニスカートを履き、髪は長くセンターで分けられた紫髪の子が、大きく笑みを浮かべている。
それは何か、家族を見ている様で、妙に落ち着く・・・そんな感じがし、知らず知らずに引き込まれたいた。
「? 行くよー?佐倉ぁ」
「お、ごめんごめん」
少しばかりあの少女に気が向いだが、今回は別の要件が入っている為スルーする。
校門に背中を預け、スマホをポチポチしている石咲を見つける。
「石咲ー。油売り見つけてきたから早く食べに行きましょー。」
「よーし、じゃあ・・・・」
「焼肉クイーンランズが良い人!」
「はーい!はーい!」
3人で食べにいく時は、毎回2択の多数決によって店を決める。
大抵の場合、未里 / 俺&石咲の別れ方をするのだが・・・・やっぱ今回も同じ。
「じゃあ・・・駄菓子屋ベイルが良い人!はーい」
「はーい」
テンプレートの様な展開をまた繰り返す。
そして・・・・その後の会話も容易に予想できる。
「あんた達ねえ!あのキモクソエロジジイの何が良いのよ!?セクハラ受ける私の身も考えろ!」
激怒し、顔をプクーっと膨らませた未里が、俺ら2人の顔をギューギューと両手で掴んで、耳元で大声でがなる。
余りの剣幕に一瞬ビビるものの、毎度の事気を保ち、身の危機を感じさせない様に冷静になだめ始める。
「ほ、ほら〜ぁ?焼肉はお財布を虐めるでしょ?石咲、な?キツイよな?」
「そ・・・そうそう!それにセクハラは強く否定すれば止めてくれる筈よ!?」
マズイ‥‥テンパって変な事言ってしまった。どう考えても苦し紛れの言い訳だ。
こんなんで未里は納得する筈が——
「ふーん・・・しょーが無いわね、2人とも。あのジジイに絡まれたら助けてくれるなら良いよ・・・?」
「あ、ああ‥‥いいの?」
「‥‥‥行くか!『ベイル』に!」
やっぱ超チョロいな未里は、と改めてその身に痛感する2人であった——
『ベイル』。
それは、駄菓子屋を兼ねた喫茶店である。
そして、そこの店主は‥‥その店に負けぬ、いや、勝る程の変態ぶりだった。
彼の魔の手が、未里に伸びる——
次回『カレツキ』第二話、ダメダメエロ親父、いつも同じ帰り道。
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