猫目の彼女と敏感な僕 -aroma-

判家悠久

-aroma-

 いつもの夕方17時。激安スーパー:エクスペリメントの控え室には、ウェルビー製のハンドクリーム、価格の割には結構高いローズの香りが立ち込める。それはファーストハーフのレジの仕事を終えた能登環菜さんが、タッチパネルにカゴ詰めにで、ささくれた指にこれでもかと塗り込む。


 俺祝延太喜雄は、姉祝延慶子の進学した通りに、国立弘前先端大学に入学した。三沢から毎日は困難なので、築48年の向日葵寮にそれとなく入れて貰って、まあ土日は帰るがお約束だったが、半年前からおなざりになる。

 相棒と言うべき斎賀美鈴は、ベルギーニューウェーブバレエ団にスカラシップで稽古中で相方不在。とは言え、弘大の通信制を受講してるので、長期休暇の特別講義で合流する。

 いや相方不在は解消している。主家の格別の配慮で、同じくヒト科ネコの土屋富蔵と情報工学科の同学年となった。まあ、事前に話しておかないと厄介なので言っておくが、富蔵は発火能力を生まれつき持っている。

 いつか暴走するかと、長期キャンプで知れず遠巻きになっていたが。とことん感情に流されないので、自然に我が連なって行った。まあちゃめっ気で、夏の肝試しに鬼火は走らせた時は、鬼が出たとか大騒動になったが…そこだな、グループまとめてお堂に籠らせられた。


 その俺と富蔵が、激安スーパー:エクスペリメントの激務で、夜のグロサリーに強烈なシフトを組まされているので、まあ、レポートがややおなざりで、三沢に帰るに帰れないがある。俺の実家も弘大学生部も見かねて辞めろと促すも、そのー、辞めれない。

 能登環菜さんが、俺達をめざとく見つける。


「あら、富蔵も、太喜雄も、今日もご苦労様ね。うんうん、頑張ってるから、また土曜日家においでよ。いがめんちもザンギも焼き飯も山盛りにあるから。と結構食わせてるのだけど、何故に太らないの、君達って」

「そこは、エクスペリメントの激務だからですよ。むしろ、環菜さん、これから土手町のクラブでセカンドハーフいうのが、とても信じられないですよ」

「また、太喜雄のお節介か。仕方ないでしょう、小学生2年生を養って行くとは、張り切るって事でしょう。また流行病とか流行ったら、エクスペリメント位しか当てがないし」

「環菜さん。それを言ったら、いつ迄シングルマザーしているんですか。俺達頑張って、お二人捨てた男引き摺り出して来ますよ」

「ああ、富蔵の無駄な男気は勘弁。もうね当時お盛んで7股してたから、もういいやって感じ。男は卒業。とは言え、一人息子勇がりるし、あは、男切れた事ないから、タゲえ美人って事よね。まあ、そんな感じで夜もひと頑張りと」


 共鳴から2分35秒。20歳になってようやく待望の静動を手に入れた。この体感覚なら、迂闊に共鳴して、対象者と箱の中に没入する事はなくなった。ただ、それで良いのかはある。相手に押し黙って、映像を見るというのは良い事なのか。

 環菜さんのそれは、お酌上手と言うより、肝臓マッチョの酔いつぶす無尽蔵だ。そりゃあ下心があったら、容赦なくノックダウンか。

 それとなく、富蔵がスマホでスケジュール表を眺める。


「環菜さん、今週の土曜日、弘前公園野球場で対外試合入ってます。弘大オールギャザー対後藤健装プラネッツ。後藤健装は金回り良いから、大概苑で焼肉アンリミテッドに食べれます。環菜さん、何かと弘大オールギャザーの親衛隊長ですから、奮ってご参加下さい」

「あっつ、後藤健装、うーーんとね。肉か、ハラミか、それ弱いわー」

「環菜さんいきましょうよ。勇喜びますよ」


 環菜さんの顔がただ真顔になった。これには理由があって、俺だけの順を守る。



 そして土曜日、弘前公園野球場にて。プロのイーストリーグの東北晴天の公式試合も行われるだけに、とにかく大きい。これだったら野球部に入ってもは、まあ三沢聖心高校剣道部だったけど、弱小野球部に入っても良かったかなになる。

 何よりこの試合は、実質後藤健装の接待試合でもあり、巷で噂の弘大オールギャザーが見れるとあって、草野球なのにスタジアムは1/5埋まってる。俺としては、まあまあかな。

 そう、俺達の弘大オールギャザーの右翼は魔のトライアングルと呼ばれる。何故か球筋が読める俺太喜雄はショート。発火能力長じての空間把握能力抜群のキャッチの富蔵はライト。何故か弘大OBにして実姉美鈴は、その柔軟さを活かしてどんなボールも掬うファースト。そう、取れないのボールは、フェンス越えかフェンス直撃のみで、制覇率85%と皆が恐るチームに仕上がってる。とは言え対策されて、器用なチームは左翼に振り切るので、そんな常勝チームではない。ただ果し状を持ってきた、後藤健装の社長曰く、ガチでやると言ってくれたので。ああ、全開だよ、俺じゃなくて、美鈴がさ。


 ただ、藤健装プラネッツも社会人選手権東北予選の準決勝常連なので、凄いピッチャーを抱える。二又繁春、事情を知れば直接俺達に関係がある。


 そして、秋の木漏れ日の中、昼に近づき、試合は8回裏ツーアウト。まあ何の事はない、俺が三振すれば、二又繁春はノーヒットノーランの偉業を達する。

 当然、姉美鈴が発破を掛ける。何としてでも打って進塁しろ。いや、それも誰も打てないんだよな。

 俺は、深くお辞儀して、非公式試合ならではに話し掛ける。そもそも接待試合なのだから、そんな感じでスタジアムは温まっている。そりゃあ、人生で目の当たりにしないノーヒットノーランが見れるとあれば、スタジアムで、アルコールにノンアルが進んでしょうがない事だろう。


「いや、繁春さん、打てないですよ。手加減して下さいよ、俺が最後だと美鈴にこっぴどく怒られちゃいますよ」

「悪いな、太喜雄。一番打者で敬遠なんて、セオリーじゃないわ」

「それじゃせめて、シンカー無しでお願いしますよ。ストレートでどうかお願いします」

「阿呆か、俺がプロに引っ張られないのは、そのストレートが145kmだからだろう。なんか、ささくれるな、ふざんけんなよ、太喜雄よ」

「まあまあ、今日は楽しく行きましょう」

「そりゃあそうだけどさ、」


 初球は、アウトコースぎりのストレートでワンストライク、見送った。二球目は、ど真ん中低めぎりのストレートで、またも見送り。ここ迄は共鳴で読み取っている、俺の変則打法を知って、今の打席迄、何処までゴルフヒットするか見定めている。だが、俺は手を出さない。裏付けを取るためだ。

 そして3分経過、箱に入る。


 箱の中の二又繁春は屈み、息子能登勇とキャッチボールをしている。

「繁春さん、何で息子って知ってるんですか」

「そりゃあ、俺の小さい頃の写真見たら、俺そのものだもの」

「でも、ソフトアフロじゃないですよ」

「そりゃあな、わも、現場を和ますもあるべさ」

「それだったら、何で家族にならないですか。環菜さん、勇、待っていると思いますよ」

「でも、環菜、俺は父親じゃないって言うし」

「何言ってるんですか。俺は知ってます。環菜さんの受胎は繁春さんですよ。そもそも、繁春さんは、私生活大事にしないし。でも、煙草もやめたし、酒も肘に悪いからやめた。ただ勇に対しては、その不思議な距離感で近づけない。環菜さん、そこが気がかりみたいですよ」

「えっつ、やっぱり、俺が父ちゃん!」


 繁春さんの叫びから、俺達は、箱から抜けた。都合2分の間にスタジアムは、あと1球のレスポンスが響く。


「父ちゃん、あと1球!父ちゃん!あと1球」


 不意にバックネットを見ると、勇がそう叫んでいた。あれ、環菜さんは、ベンチシートで泡を吹いてしな垂れていた。どうやら、環菜さんが繁春さんの写真を捨てずに持って、悟ってはいたらしい。その気遣いは、まあ母親っ子だなと、つい微笑む。

 そして、繁春さんが大きく右指一本を掲げる。


「この一球を、俺が愛し愛される家族に捧げる」


 俺は、はにかむ様に笑う。いや箱の中に入っての不思議より、家族かよの鈍感さはどんなものかだ。


 そして、繁春さんが振りかぶり、右手深く食い込ませては、ボールが深い軌道を描きながら沈んで行く。対策の出来るフォークか相当なので、つい振ってしまうのが、ついの対戦だ。だが、ここから2球はぐれる程に俺の内側に向かって来るのが、シゲハルボールだ。

 俺はセオリーではない、後ろ足を大きく開き、奇妙に内側のボールを無茶なゴルフスィングをする。芯を捉える、かだった。だが、ボールは重さを無くした様に、ここで何故か揺れた。まさかだろう、ボール2/3外れてピッチャーマウンドにボテボテに転がって行く。俺は気を取り直して走るも、繁春さんは華麗にフィールディングし、アウト。

 スタジアムが、草野球なのに静まった。ノーヒットノーランは確かに達成。それより、繁春さんが魔球を投げたと、口々に伝わり、不思議なざわめきを生む。


「父ちゃん、マジカルボールだ!」

「ありがとう!マジカルボール完成だ」

 ここで、草野球なのに、プロ真っ青のオベーションを受ける。何よりは、家族宣誓してしまった為に、環菜さんの元に、我こそはと握手の行列が続く。まあ、困惑してたまらないだろう。


 俺は、美鈴にコツンと貰う。

「確実に、メージャーベースボール打法なのに、起死回生のホームランで同点はだったのに、太喜雄は何やってるの」

「無理、箱の中に入っても無関心。環菜さんのシングルマザーは正解だったのかなって、まあだけど」

「まあ、家族相手だったら、負けるわよね」

「でしょう」

「まあいいわ、腹いせに食いまくってやる、いいわね!」

 皆が何故か鬨の声を上げる。いや負けたんだよ、俺らはチンチンにさ。



 それから、やや後になるが。秋のドラフトで、東北晴天が二又繁春投手を5位で指名した。ここは流石に、スカウトのジャック・ニッケルバーンだけはある。

 因みにジャック・ニッケルバーンとは言うものの、昭和のヤクザ映画で、120回は死んでる大部屋俳優の風貌で、仕草が時代掛かったキザだ。本当は、俺達、太喜雄・富蔵・美鈴をまとめて育成枠でスカウトしようしてたが、ノーヒットノーランで繁春さんを引っ張ざる得なかった。


「俺の見立てに間違いはない。君達、右翼の魔のトライアングルはとてつもないギフトを持ってる。ああ、その気になれば、その守備固めで、ワールドボールの連続制覇さえ固い。そうなれば東北晴天、いや東北に希望をもたらす」

「それって、お金も落ちますよね」

「当然だ、太喜雄。俺達に必要なのは、まず笑顔にすること、笑顔になる事。そこにはどうしても、お金もついてくる。中間管理職になれば、きっと分かるさ」


 そんな感じで、二又家は3人家族となり、来年1月には仙台に引っ越す。とは言え、環菜さんは夜の仕事はしなくなったものの、激安スーパー:エクスペリメントのレジを打ち続ける。

 そして夕方に合流する頃には、普段と変わらず、ローズの香りのウェルビー製のハンドクリームを塗りながら、ささくれを整え、俺太喜雄と富蔵と談笑する。環菜さんは涙しながら爆笑するが、分かっている。別れが辛くて、ただ頑張ってがなり声を上げる。まあやせ我慢の、環菜さんらしいと言えば、環菜さんらしい。


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