【掌編】幻月

アリー・B

幻月

「今夜は、月が綺麗だね」

 数年ぶりに再会した幼馴染の彼は、どこか遠くを眺めながらそんなことを口にした。

「あー。そういや十五夜だねぇ。……っても、言うてそんなに綺麗じゃなくない? ちょっと曇ってるし。あーぁ、言われなければ気づかなかったのに。なんか損した気分」

「……はは。まぁ、きみにはわからないだろうね。『朧月』、霞みがかって輪郭がはっきりしない月も、なかなか風情があるものじゃない?」

「そんなもの……? 私はあんたと違ってガサツだから、そういうのよくわかんない」

 曖昧に話を切り上げる私に彼は、はは、と力なく笑うだけだった。

 その顔が、ひどく頼りなくて。ひどく弱々しく、青白いあの夜空の月よりも儚く見えて。私は咄嗟に触れようと、存在を確かめようと手を伸ばして――馬鹿げた考えだ、と、半端に伸ばした手を握って自分の頭を小突いた。それが二年前の九月十五日のこと。

 私は今日はじめて、あの数日後に彼が他界したことを知った。

「……なんで、気づけなかったのかなぁ……」

 久しぶりに見た彼の顔が、遺影と比較して明らかにやつれていたことにも。

 おそらくは最期を悟っていたであろう彼の、朧月のような笑顔の裏に、言葉の裏に隠された精いっぱいの気持ちにも。

「今なら……ちゃんと、言えるのにね。……遅すぎるけど。ほんと、馬鹿みたい」

 あの日と同じ十五夜の、あの日と違う清澄な月。素直になれない私は、せめて彼に倣ってこう呟くのだ。

 死んでもいいわ――と。

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