それは誰のための行為か

三鹿ショート

それは誰のための行為か

 呼び鈴を鳴らした人間の姿を確認したが、見たことがない相手だった。

 私が通っている学校と同じ制服を着用しているが、彼女の姿を見たことはなく、当然ながら、名前も知らなかった。

 彼らの仲間ではないかと疑ったために、私は呼び鈴に応ずることなく、居留守を決め込んだ。

 数分後、彼女は私の家の前から姿を消したが、翌日も、翌々日もまた、姿を現した。

 このままでは、私が応ずるまで呼び鈴を鳴らし続けるのではないかと危惧したために、何時でも家の中に逃げることができるように、家の扉を少しばかり開けながら、彼女に何の用事かと声をかけた。

 その言葉に対して、彼女は口元を緩めると、

「ただ、あなたと話がしたいと思っただけなのです」

 彼女は、一体、何を言っているのだろうか。


***


 いわく、彼女もまた、かつては多くの人間から虐げられていたらしい。

 進学してからはそのような目に遭うことはなくなったものの、私が他者から虐げられているということを知ると、同じ経験をした人間として、力になることができるのではないかと考えた結果、私の家を訪れたということだった。

 言われてみれば、確かに彼女は、見目が美しいというわけではなく、腕や脚は枝のように細く、子どものごとき小さな体躯であるために、標的とされたとしても不思議ではない。

 私や彼女のような人間は、たとえ環境が変化したとしても、他者から虐げられることには変わりはないと思っていたのだが、どうやら彼女は運が良かったようだ。

 悩みを聞いてくれることで、私の精神が少しばかりだが軽くなることに対しては感謝するが、一方で、虐げられることがなくなったということについては、羨望と怒りを抱いてしまう。

 そのような感情を理解しているのか、火に油を注ぐことを避けるために、彼女は私の言葉に反論することはなかった。


***


 何時の間にか、彼女との時間を愉しんでいる自分が存在していることに気が付いた。

 私を虐げていた彼らと顔を合わせることが無くなり、抱えていた負の感情を彼女に吐き出すことが出来たことで、私は久方ぶりに気分の良い日々を過ごすようになっていたのである。

 このような生活が続けば良いと思っていたが、ある日、彼女は現実的な話題を口にした。

「そろそろ学校に行かなければ、単位が不足してしまうのではないでしょうか」

 彼女の言葉通り、授業を欠席した回数を思えば、何時までも休んでいるわけにはいかなかった。

 それでも、学校に向かうことで、再び彼らに虐げられることは避けたかった。

 進級と平穏を天秤にかけている私に向かって、彼女は告げた。

「あなたを虐げていたという彼らは、今では別の人間を標的にしています。その内容は、あなたが受けていた行為よりも過激なものばかりで、新たな標的に夢中であることを思えば、あなたの姿を目にしたとしても、接触することは無いのではないでしょうか」

 彼女の言葉が事実ならば、新たな標的と化した人間には申し訳ないが、それは朗報だった。

 心が揺れ始めた私に対して、彼女は続けた。

「もしも虐げられてしまったとしても、その行為を撮影し、然るべき相手に見せれば、あなたも解放されるに違いありません。勿論、私は協力するつもりです」

 その言葉に、私は思わず、涙を流しそうになった。

 何故なら、これまで私に手を差し伸べてくれた人間は、存在していなかったからである。

 たとえ味方が彼女だけだとしても、これほど心強い存在は無かった。

 それから数日ほど、私は学校に行くかどうか考えた結果、彼女の言葉を信じて、再び悪の巣窟へと向かうことに決めた。


***


 久方ぶりに地面と接吻している私に向かって、首領である彼が邪悪な笑みを浮かべた。

 彼は隣に立っている彼女の肩に手を置きながら、

「我々の玩具を連れてきたことには、感謝する。約束通り、きみを虐げることは止めようではないか」

 その言葉を聞き、私は思わず顔を上げようとしたが、足で頭部を押さえつけられているために、それは不可能だった。

 私の反応から事情を悟ったのか、彼は私の耳元に顔を近づけると、

「きみが姿を消してからは、彼女が我々の標的と化したのだ。やがて、彼女が我々の行為を停止するように懇願してきたために、我々は条件を出したのだ。それは、きみを再び学校に連れてくることができれば、彼女のことを解放しようという内容である」

 私は彼女がどのような表情を浮かべているのかを見ようとしたが、顔を上げることができないことに変わりはない。

 ゆえに、私はその場で、彼女に対する恨み言を叫んだ。

 その言葉を耳にした彼らは笑い声を出していたが、彼女の声が聞こえてくることはなかった。

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