第7話 新しい世界
そして時間が過ぎ、私は初めて今までやってきた仕事とは別の事をこれからやろうとしていた。
緊張。恥ずかしさ。度胸試し。興味。興奮まで感じるほどに。
この間面接をしに行った事務所に入りそこには女の子一人一人の個人の部屋の暖簾一枚で区切られた畳2畳ほどの空間があった。指名があるまではここで待機するのだという。私にとって暖簾を潜った先に見えるのはいつもと違う新しい世界で人が前を通った時や室内の換気のために少し空いた窓から吹く風で揺れ、ちらちらと見えるその先の風景は私の知らない場所。毎日帰って同じ景色ばかり見ていた私には初めての感覚だった。周りの女の子たちは次々と指名が入るのだろう。事務所の出入りが激しい。そんな中で私は自分を“カラス”だと思っていた.........カラスの様に時には群がり時には一人。
孤独。今の私そのものだった。
ちなみに私の源氏名は【琴咲ねね《ことさきねね》】だ。ここの店長に当たる人がつけてくれた。正直源氏名などどうだっていいとは思っていたがいざつけてもらうとなんだか少し嬉しかった。
この事務所は雑居ビルの5Fにあって下はそこそこな大通りに面している。路上では魂の籠った声の女性の無名のアーティストが歌っている。まるで人格が変わったかのように歌終わりのトークには別の人格なんじゃないかと思えるような声でトークもしていた。そんな女性アーティストの歌っていた歌詞にこんな歌詞があった。
掛け違えたボタンを必死にやり直せど
うまくはいかない苛立ちと歯痒さに犯されて
計り知れない劣等感に苛まれて……その後も歌っていたがよく覚えていない。
正直、今している選択は私自身間違っているかどうかは分からない、上手くいくかなんて到底分からない。分かろうとする事が最悪に思える。事務という仕事をしていて第三者として会社の中を見ていた。どこか馬鹿に見ていたのかもしれない。そんな事を思いながら聞いていたら店長から声が掛かった。
「ねねちゃん、これからホテルに行こうか。」
「はい。分かりました。」
これから初仕事だ。店長の運転する車(送迎車)に揺られながら私は初めてのお客さんの所へ向かっていた。
「初めてで緊張してる?」店長が気にしてくれたのか声を掛けてくれた。
「はい。少し緊張しています。正直不安でいっぱいですね.......」私は正直に答えた。
「最初は皆そうだよ。ここからだよ。頑張っていこ?ねねちゃん可愛いから直ぐ指名付くと思うよ!教えた通りにまずやってきてみて!」そう言って励ましてくれた。そうこう話しているうちにホテルに着いた。
「ここの115号室だからお願いね。いってらっしゃい。」
頑張れなんて言葉はもう聞き飽きた。まるで雑居ビルの間の排気ダクトからの空気で立ち込めている様な空気。あの薄暗く重たい感じになって私は一人の風俗嬢としてこれから60分お客さんと相手をしてくる。部屋のインターホンを押すとそこそこ声の若い人が玄関の扉を開けてくれた.....
「初めまして。ねねです。よろしくお願いします。」作り笑顔の偽りの表情で挨拶をする。
「初めまして!綺麗で可愛らしい方ですね!緊張しちゃいます!」
「初めてなので上手くできないかもしれませんがよろしくお願いします。」
「こちらこそ!」
そんな会話をして何でもない会話をサラッと済ませたのち私達はお風呂へと向かった。店長から教えて貰った通りに石鹸で相手の身体を洗い陰部には消毒の入ったボディソープで念入りに洗った。そのあとはうがい。
洗い終わった時には少し勃起している様だった。
「はい。大丈夫ですよ?上がってベットど待ってて下さいね??」そんな事を言って上がらせた後は私も身体を洗いシャワーを止め後に続いた......
「じゃあ....始めますね。」
「お願いします。」
時間は過ぎ、基本プレイを一通りしたのち、1度イかせることが出来た。初めて人をイかせた。男性との行為は数えるくらいでむしろ懐かしかった。「あ...こんな感じだったな.........」時間ももう迫ってきていて私は「シャワー行きますか???」と。
「はい。お願いします!!」
シャワーをしながら一つ聞いてみる。
「どうでしたか??気持ちよかったですか??」陰部を洗いながらお風呂に浸かっているお客さんにストレートに聞いてみた。
「めちゃめちゃ気持ちよかったです!楽しかったです!また呼びたいですね!ねねさん??で合ってますよね??」
そんなに気持ちよかったのか。少し驚いてしまった。「はい。ねねです。後で名刺渡しますね!」
そんな会話をして私達は浴室を後にした。
着替えている時に携帯のアラームが鳴る。
「時間ですね。今日はありがとうございました。お金頂きますね?えーっと、60分で¥16,000です。それと名刺です。」
お金を受け取り私は部屋を後にして外に止まっている店長の車に乗り込んだ。
「どうでした??」
「もう少しやってみます。」素直な感想が私の口から出た。今日は1名だけだったが次はどんな人と会えるのか楽しみになっていた。
そんなことを朋美に連絡を入れて事務所に向かう私達だった.........
外は真っ暗。街頭、信号。荷物を運ぶトラックの音。いつも見ない私の知らない世界。この世界もまた.......いいな。今度はカメラも持ってきてみよう。
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