もう君に言えない
朱音
第1話 癒しの力
青い花畑の広がる場所で、金色の髪を靡かせて君は走り回っていた。
「みてみて!ノア、貴方に似合いそうな花冠を作ったわ!」
そんな君に見惚れる俺に気づかないで君は嬉しそうにそう言うと青い花で作った花冠を俺に差し出した。
綺麗に編み込まれた花は彼女の手から俺の頭へと被せられる。
「アンナ…これは俺より君の方が似合うよ」
明らかにこの王冠は君にぴったりだと言うのに彼女はただ笑って俺に冠を被せた。
彼女の笑顔が見られるならそれでいいと黙ってされるがままになる。
やがて花冠をつけた俺を見て彼女は天女のように微笑んだ。
君のその笑顔が見れるなら俺はなんだってする。
空は青く冷たい風が二人の間を吹き抜けた。
寒いこの季節に君の笑顔は眩しすぎて思わず目を瞑った。
その瞬間、さっきよりも強い風が吹き抜けた。
青い花々が風に煽られ揺れる音が聞こえる。
咄嗟に俺は目の前の彼女を守るように抱きしめる。
そして彼女から貰った花冠にも片手を添えて風から守った。
「いたっ…」
その風に煽られ俺の指に彼女の花冠が触れた。
元々あった指の傷に花が傷を掠めたらしい。
「ノア、大丈夫!?やだ貴方怪我してるじゃない!」
案の定目の前の大好きな君は俺の指の傷を見ると花冠で傷ついたのかと言わんばかりに指の傷を見てあたふたとした。
その姿すらも愛おしいと君に伝えたら君は今はそれどころじゃないなんて言って怒るんだろう。
俺は不安そうな顔をして手を掴んできた彼女の手を握り返すとアンナと目を合わせるように膝を折って笑いかけた。
美しい紫の瞳は不安と心配の色に揺れている。
「アンナ、これは元々あった傷だよ」
それに別に怪我をしたとかじゃなくて、これは君と海で遊んだ後に出来た些細な傷だった。
彼女は小さな傷でも異常な程に心配をしてくるから、とにかく今花冠を触って出来た物ではないと伝えたかった。
「でも痛いってことには変わらないでしょ!」
しかし彼女と言えばそんな俺の言葉を聞くとムッと頬を膨らませてこの手を握ったまま光の魔法を唱え出した。
ああ…だから彼女には秘密にしたかったのに。
こんな小さな傷でも彼女はすぐに自分の力を消費して治そうとするから。
「…アンナ、これくらい治さなくたって大丈夫だよ」
「駄目よ、痛いのなら私がいるからすぐ言って」
まったく彼女は、俺が君の側にいたいと願うのはこの魔法があるからだとでも思っているのだろうか。
そんな訳ないのに、彼女は嬉しそうに傷を治すとパッと手を離した。
「よし!これで完璧ね!」
「…ありがとう」
すっかり傷ひとつなくなった俺の手には、ちゃっかりと青い花で出来た指輪がついていた。
思わず目を見開くと目の前の彼女はふふっと笑って背中を向けた。
「…ねぇノア、私達結婚しましょ。一緒に幸せになるの」
「…ああ、そうだな」
俺は美しい君の心にとっくに惹かれているというのに、彼女は時々酷く悲しそうな顔をしていた。
彼女は知っているのだ。
その願いが絶対に叶わないことを。
俺は君と違って、時が進まないのだから。
そんな寂しげな彼女を後ろから抱きしめると、アンナは自分の左手にも青い指輪を作って俺の指にその指を絡ませた。
そうして誓い合ってもう何十年も経った。
俺はあの時と変わらない少年の姿で、少しだけ大人びた彼女の結婚式の鐘の音を聞いた。
どうして人生はこんなにも残酷なのだろうか。
俺はあの時彼女から貰った青い花の指輪を今もつけている。
枯れ果ててもう何だったのか原形がないそれは萎れて姿を変えていた。
けれど彼女の指輪には、青い花ではない輝く宝石の指輪がついていた。
あの時の誓いを、俺は守れなかったのだ。
指に出来た新しい傷は、もう癒えることはなかった。
もう君に言えない 朱音 @akane0626
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