やってられねえ!
昼星石夢
第1話やってられねえ!
俺の心はいつだってささくれだっている。
親兄弟のもとを離れ、俺は今、このとりえのない世話役の女と暮らしている。
この女は俺を
それに俺には桐丸という立派な名があるってのに。
俺は良家の出だ。尊い血が流れている。本来なら、こんな位の低い女と暮らすことなど有り得ないことだ。
街に出れば特製の良質な服を着た同胞が大勢いる。昔は俺もシーズンごとのコレクションをたくさん所有していた。だが今は元々身につけている、この美しい黄金色の毛皮だけだ。
最近では世話役に車を引かせ、自身は悠々と文字通り高みの見物で、俺が地べたを這うさまを見下ろしてくる連中もいる。俺の世話役には、あんな車を買う気も余裕もないだろう。
まあそれはいい。俺は自分の足で歩くのが好きなんだ。
だが食い物の話は別だ。昔の俺なら舌もつけないような、おそらく最安値の飯ばかり買ってきやがる。外で出くわす同胞からは、たまにびっくりするほど旨そうな肉の匂いや、食欲をそそられるデザートの匂いがまき散らされ、自慢話ばかりするやつも見かける。一度腹が立って、
「こんなもん食えるか」
と世話役に言ってやったら、何を勘違いしたのか、
「これはお腹に優しくて、健康にいいんだって」
と、口に入れていいものとは思えないものを食べさせられた。
あの一件で懲りてからは、文句を言うのも諦めた。
まったく。どうしてこんな女と……。
――だが、まあ。
昔、俺が暮らしていた家、そこは初めのうちこそ良かったものの、次第に誰も俺を相手にしなくなり、話しかけてももらえず、挙句の果てにとある場所へ追い出された。その場所は悲惨で、どいつもこいつも生気を失ってた。
光を失った瞳で黙りこくってるやつ、気が狂ったみたいに意味のないことを叫んでいたやつ。隣の部屋のやつが言った。
「俺達は捨てられたんだ。俺達にはもう、価値はねえ」
だから言ってやった。
「何言ってやがる。お前には種としての誇りってもんがないのか。俺のことを捨てられるのは俺だけだ」
ってな。
だが一度も弱気にならなかったって言えば噓になる。正直、絶望に押しつぶされそうにもなったさ。
そんな時だ、この、華のない女と出会ったのは。
言っておくが、俺は他のやつみたいに、必死になって媚を売ったりはしていない。むしろ凛として、背筋を伸ばし、顎を引いていたさ。
すると女は俺に会釈して、それから……、まあ、世話役になったわけだ。
感謝はしている。あの場所から、連れ出してくれたことは――。
いや、待て。こんなことを言いたかったわけじゃ……。お! 世話役の足音だ。帰ってきやがったな!
む、いつもと違って、袋の中からいい匂いがするぞ。
こら。頭を撫でるな。早くよこせ。
ふむ、なかなかいけるな。褒めて遣わす。仕方ない、少しだけ尻尾を振ってやるか。
やってられねえ! 昼星石夢 @novelist00
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