第3話 召喚勇者は考える

 あれから日も落ちたので、近くの宿で一泊した。

 窓からの心地いい朝日で目を覚ます。昨日西に日が沈んで、今日は東から昇ってきた。どうやら、元居た世界と魔法がある以外の法則は、差がないようだ。

 ――魔法ねぇ……。

 悟は簡単に扱っていたが、簡単に扱えるものなのかもわからない。漫画ではあるが、魔法にはその原理とイメージ、魔力があった。

 ――原理があるから、悟の能力で再現可能。それを再現できるイメージと魔力があったから悟が再現できた?

 考えても答えは出ない。

 こんなことなら悟から話を聞いておくべきだった。

 気持ちを切り替えて宿から出る準備をする。

 目指すは南の城壁、おそらくここから一番近い守護結界の場所。

 昨日宿の店主に南の城壁までどれくらいか聞いてみた。

「馬を休まず走らせても付くのがお昼くらいか……」

 ここから四百キロ程はあるだろうか。王城が都市の中央なら直径は千キロくらいになるだろう。北の城壁を超えた先は何千キロに渡って自然が続くらしい。

「その先に中央都市か、本当に地球くらいのサイズあるんじゃないかこれ?」

 宿を後にして南へ歩く。

 その魔王の軍とやらは、どらくらいの規模で、裏切った勇者はどんな能力なのか。考察をしながら歩く。

 ――昨日悟が話さなかったってことは、おそらくまだ情報がないんだろうな。

 考えているうちに、早朝で静かな街を抜けた。

 あちらこちらに畑と家が、点々とした風景が見えてくる。遠くを見ても、城壁の影も見えない。

「こりゃマジで歩いて行くのは難しそうだな。一回展開した魔王軍を見てから悟に返事しようと思ったんだけどなぁ。いや……これなら行けるか……」

 拾は地面に生えている草を抜き。

創造クリエイト乗物ライダー

 拾がそう言うと、どこでも走ることができそうなジープが現れた。

「運転はした事ないけど大体はアクセル踏んどけば前に進むだろ。ハンドリングはゲームで養ってるしな! ふふっ……俺のテクを見せてくれる!」

 誰もいない盆地は、拾のキメ顔の寂しさを強調するかのように静かだった。

「……相変わらずのソロ異世界……まぁ、自分で選んだ道なんですけどね、ハハッ!」

 そんなお気楽で甘い考えのまま、ジープに乗り込む。

「さーて、運転してみますか」

 ハンドルを握って勢いよくアクセルを踏んだ。

 その瞬間、恐ろしい速さでジープが走り出した。想像していた二倍くらいは体にくる。

「あっ、ちょっ、ヤバイ!」

 その慣れない速さに、すぐさまブレーキを踏む。その反動で拾はフロントガラスに顔面を打ちつけた。

「シートベルト……忘れてた。慣れないのにやるもんじゃないな……しかし、どうすっかなぁ……」

 ツー、と出てきた鼻血を拭きながら体勢を戻す。

 この調子だと、今日中に南の城壁に辿り着けるか怪しい。

「ゆっくりなら俺でも運転できるかもしれない。かといって、能力の解除方法まだ知らないしな。このジープ残すのもまずい気がする。AI搭載機能付きって事で上書きでも……」

 そこまでいうと拾は、ジープのハンドルを再度握る。その途端、王城の時と同じモニターが拾の前に現れた。

「改造しようと思って触ったりすると、造った物の構造把握できるのか」

 モニターを見ると、≪改造≫、≪解除≫、≪状態確認≫と書いてある。

「はいきた俺の勝ち!」

 拾は真っ先に改造を押した。するとエラーメッセージで『この創造物は情報が不十分なため改造できません』と、でてきた。

「ほぉ……」

 次に解除を押してみる。結果は同じで、さっきと同じメッセージが表示されるだけだった。

「うん。ワケワカンナイ! なんもできないならその表示つけるなよ!」

 表示の理不尽さに苛立ちながら、ダメ元で状態確認を押してみた。するとジープの立体的な映像がモニターに映し出された。

「おぉ! これこれこういうやつ! これで何かわかるかも……」

 モニターをスワイプして、ジープを四方八方から見回す。ジープの座席やハンドル、外からの見てくれは車そのものである。

 しかし、外からはわからない、エンジン部分と座席の下の部分はどこから見ても、内部構造を知ることができない。

「もしかして……」

 自分のポケットからスマホを取り出して、同じ要領で状態確認をしてみる。結果はジープと同じで、スマホの内部構造は見ることができなかった。

 拾は腕組みをして考える。

 ――なるほど。情報が不十分というのは、造る物の仕組みをしっかり理解していないといけないのか。だから改造も解除もできない。

 悟の能力を思い出す。理解していなければ、再現できない。

 だがしかし、拾はジープもスマホも造ることができた。

 悟に渡したスマホも、悟の反応を見れば問題なく稼働していたことに間違いはない。

「う~ん……」

 色々と訳が分からず頭を搔く。

「ダメだ。少しリラックスするかぁ」

 体の力を抜いて、背もたれに体を預ける。そのままリクライニングのレバーを使って、背もたれを倒して寝そべった。

 イヤホンをして、音楽アプリを開いて曲を探す。

 拾はそこであることに気が付いた。

 ――俺がスマホを造った時って、音楽が聴けること、電話とメッセージのやり取りができることを設定したよな。

 音楽アプリを閉じてホーム画面に戻る。画面には、拾が元の世界で遊んでいたゲームや、動画サイトがあった。その他にも、普通のスマホと同じようなアプリが、ずらっと並んでいる。

 拾はそのアプリを順番に開いていく。そして、その全ての画面が、真っ白に包まれるという結果となった。

「そういうことか! だからスマホもジープも再現できたのか!」

 拾は喜びのあまりガッツポーズをする。その拳が、見事にクラクションにヒットして、静かだった空間に、いや、静かだったからこそ、とてもよく響き渡った。

「この能力思った以上にすごいかもしれないぞ!」

 そんなことも気にせず拾は考えを巡らせる。

「俺が造る物はパターンががあると。一つは最初に定義した事を忠実に再現した物。もう一つは造りあげる物の構造をしっかり把握して、本物と大差がない物」

 拾は得意気に金貨を回して一人でしゃべる。

「おそらく俺の記憶にあることや定義する事を決めていた。スマホで言えば通話やメッセージ、音楽の機能。ゲームや他のアプリについては、需要がないと思っていたからな、再現されなかった。だから、真っ白い画面。ジープは、車で言う常識だろと無意識で思ったこと、このリクライニングも、シートベルトもそこの常識から造られたんだろう。常識は自分の経験と記憶からできるものだから、辻褄は合いそうだ。でもエンジンの構造まではイメージと記憶の範囲外。だから情報不足でいじることも消すこともできない。逆に細部までしっかりイメージして造れば改造も解除も可能になる訳だ」

 息があがっているのが自分でもわかる。けれど、この喜びは収まらず、その興奮は止まることを知らないようだ。

「つまり、しっかりとイメージできた事、記憶にはっきりしている事であれば実現可能で、改造も解除もできなくなるけど、ぶっ飛んだ物を創れるってことだろ!?」

 それはつまり、原理がわからなくとも、世界に存在しない技術でも、想像してそれを創り出すものに定義すれば、現実で想像上のことを行えるということ。

 ロボットであったり、SFでよく見るビームは光剣であったり、そういう物を造ることができるということだ。

「でも、これはあくまでも仮説だからな……とりあえず試してみるしかないか……このジープを運転してくれるロボットでも造ってみるか! 名前はそうだな……」

 拾はジープから降り、また草を抜いて。

創造クリエイト:独立体ユニット、CPULv.9汎用型」

 と、唱えた。その顔は期待と喜びに満ちている。

 そして、その笑顔に応えるように、拾の目の前に拾と同じくらいの身長で、体はホワイトクリア、関節は黒、顔の表情はマネキン同様何もない。そんなロボットが誕生した。

「うまくいったってことだよな!」

 拾が今回設定したのは頼めばなんでもやってくれる召使というものだ。それを確かめるためにジープを指差す。

「俺の代わりにこれを運転して、ここから四百キロ離れた城壁まで行ってくれ!」

 そう言い終わるや否や、ロボットはジープに乗り込んでドアを閉めた。そのまま、ロボットが運転するジープは走り始める。

「ん? ちょちょちょ! 待って! 置いてくな! ヘイッ! ストップゥゥ! ヤバイ! 命令ミスってた! 俺も! 俺も一緒に乗せてってくれ!」

 その呼びかけが届いたようで、拾から二十メートル程先でジープは止まった。

「はぁ……はぁ……命令ミスると飛んだ惨事になるな……」

 息を切らしながらジープに乗り込む。

「じゃあ改めて……南の城壁まで全速力で……あっ、ヤベッ! シートベルトしてな……あああ!」

 しっかりと二回目の命令もミスして、すごい速さで走行するジープに揺られ、拾は南の城壁へと向かうのであった。


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召喚勇者は前を向く 和道 進 @kazuoka

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