「ささくれ」【KAC20244】
千八軒
心がささくれていた
生まれた時からだ。
見世物になるのが約束された人生だった。
今日俺は檻に入れられ売られていく。
何一つの自分の自由にならずに、何一つ決められずに。ただ言われた通りに
俺の意思などただ一つも存在しない。
俺は俺を、誇り高い獣だと思っていた。だが獣としても扱ってもらえないらしい。
竹林を駆ける獣はその日を生きる為に必死で考える。考えて考えて、必死で生きる。だが俺には考える必要が無い。ただ出されたもの食って、クソをして、寝ていれば生きられる。
であれば、獣ですらない。怠惰なただの家畜だ。
「
振り向けば、父と母が俺を見ていた。
俺が売られると聞かされても父と母は反対すらしなかった。当然だ。二人も家畜だからだ。
父と母もそうなのだ。俺と同じ見世物の怠惰な家畜なのだ。
そんな二人が、俺の事を止めてくれるはずがない。
そもそも父と母とて金で買われ、此処に連れてこられた。
今でこそ夫婦として身を寄せ合っているが、お互いが好いて番ったわけでもないだろう。
「子をなせ」と半ば命令されまぐわった末に俺が生まれただけだ。
そのあと、いくばくかの情が湧いたから今も一緒に居るだけの事。
であるならば、その子を他所へやれと言われ、断る道理もない。
俺達は飼育されている。
力あるものたちの慰めとして、この怠惰な生を享受している愚かな獣だ。
「
俺があまりに恨みがましい目を向けていたからだろうか。母が控えめに言った。
「納得できない気持ちも分かるわ。でも私たちの一族はずっとこうして生きてきたの。確かに自由は無いかもしれない。でも――」
でも? でもなんだというのだろう。
家畜の母が何を言うのだろう。
怠惰な獣以下が、俺に何を言おうというのだろう。
「いいえ。何を言ってもだめね。でもどうか体に気を付けて。ちゃんと食べるんだよ……」
そうして俺は檻に入れられた。
行き先は、ある東の島国らしい。
車に揺られ、船に揺られ、港に着き、そして新たな居場所につく。
俺は驚いた。
井の中の蛙大海を知らずとはこのことだ!
そこは快適だった。俺の望むあらゆるものがあった。気候も温暖で過ごしやすい。どうやらいずれは、妻もあてがってくれるらしい。
なるほど、こうして親と離れてみると、今まで見えていた景色も違って見える。
わずらわしいだけだった見世物稼業も、工夫次第で楽しさを見いだせた。
俺は芸をした。タイヤと呼ばれるものを抱えて腹の上で回すのだ。
人間どもはとても喜ぶ。そうすると、夜の飯がたくさんもらえるのだ。
俺の新しい庭には、たくさんの人間がやって来た。
人間たちは誰もかれもが笑顔だった。
俺は言う。この芸の後は、食事を見せるのだ。可愛いと評判なのだ。
「パオゥ、パオパオゥ!(おい、次だ。
俺の合図に従って、飼育員が一抱えもある笹束を運んできた。
「ささくれ」【KAC20244】 千八軒 @senno9
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