機械少女

猫海士ゲル

キャンベル・サイエンス・カンパニーでの取材にて

俺は拳を握りしめながら必死に怒りをおさえる。

目の前で年端もいかない少女の頭を撫でている──否、年端もいかない少女に見えるモノの頭を撫でている教授をぶん殴りたい衝動に抗いながら。


 ◆


何も知らない若造へ教授は半笑いで語る。

「タイプアリスは従来のヒューマノイドより多くの感覚器官、つまりセンサーを持っている。これが何を意味するかわかるかね」


「残念ながら、わかりません」


「自我とは、センサーによって集積された情報を蓄積したものなんだ」


「自我ですか?」


「つまり心だよ」


とんでもない事を口にしやがった。機械の体に心だって?

痛い、苦しい、悲しい、嬉しい、寂しい……いや、確かに今のヒューマノイドにも感情のようなものはある。うちの木偶人形の上司を見ていれば分かる。

でもそれはプログラムによって処理された行動のはずだ。そんなものを心だなんて。


「だから、バイオロイドなんだ」

博士は自身満々の表情で語った。


 ◆


「アリスの淹れたコーヒーはどうですかな」

視線を俺にむけた相沢教授のやや低音の落ち着いた声色。

握りしめていた拳をひらき俺はカップを手にする。

ささくれ立つ気持ちからか、僅かばかり震える手。悟られないよう片方の手をカップの底に添える。

芳醇な香りが鼻孔を包み込む。口に注がれる熱い液体と同化し全身を癒やしていく。


「ふぅ、」

思わず声が出た。認めないわけにはいかないだろう。


「凄く美味いコーヒーです」


俺の言葉に何よりもアリスが目を見開き、両手で口を押さえるような仕草で歓喜の声をあげた。


「ありがとうございます。お気に召して頂き光栄にございます」


見た目の年齢はローティーンだが、口ぶりは世間の荒海を知り尽くした三十路女の風格だ。

まさか褒められるとは思っていなかったのだろう。表情に気持ちが滲んでいる。瞳が潤んでいる。それは人間のだ。俺は迂闊にもを可愛いと感じた。


だからこそ、余計に教授が許せなかった。

「豆はブラジルから直送だよ」


俺が聞きたいのは、そんなことじゃない。

そのコーヒー豆を炒るところからカップに注ぐまで、すべてヒューマノイド……いや、人の子と見紛うほどの『バイオロイド』がやったという事実だ。

これまでの木偶でく人形とは別格だ。


「今後の、このバイオロイドの展開について、詳しく教えて下さい。喫茶店ドールにすることが目的じゃないんでしょ」


真剣な俺の眼差しを避けるように教授は眼鏡を取りレンズを布で拭く。

「タイプアリスはまだ試作段階だ。本物の人間になるために、乗り越えなければならないことがある」


それは俺に答えているというよりも独り言に近い雰囲気だった。


「どうしてヒューマノイド研究に興味をもたれたのですか」

少し話の方向を変えてみる。


「うん、それは簡単な答えだね。わたしは人に興味があったからだよ」


「人? 機械では無く、人ですか」


「社会的、心理的、認知的、神経科学的な実験において、たとえば俳優などより有利に使える。だから、いわゆるロボットらしいロボットに、私は興味など無い」

医学博士でもある相沢義明らしい答えだ。


「なるほど、たしかにヒューマノイドはあらゆる人体実験に応用されています。ただ、それならば商品として開発し、富を得るのは何故なのですか」

その質問に相沢教授の眼鏡の奥が険しくなったのを感じた。


「随分と不躾な質問をするんだねぇ、商売に関して聞きたいのならば会社の営業にでも尋ねなさい。私は科学者として、その可能性を追求しているに過ぎない」


「では、質問を変えます。ヒューマノイドに女性型、それも美形が多いのには理由があるのですか?」


「別に商品として売れるから、というわけじゃないよ」


「そういうつもりはありません。医学的な理由か、何かですか?」

医学的という言葉が気に入ったのか、表情が和らいだ。


「君は、何か楽器をやるかね?」

突然、奇妙なことを聞く。


「いえ、俺は不器用なもんで」


「そうか。でもバイオリンやグランドピアノは見たことくらいあるだろう」


「もちろんです」

「バイオリンやグランドピアノは美しいよね、あれは人類が生み出したデザインのなかでも、究極の芸術品だ。あの曲線美に人は安らぎを感じるものだ」


「はぁ」


「あのデザインはね、女性の曲線美を真似ているんだよ」


「そうなんですか」


「人というものは、男女問わず女性の美しい曲線美に安らぎを感じる。それは、人が皆、女性から生まれ女性に抱かれて成長するからだ。コンシューマ向けとして、個人が購入するヒューマノイドに女性型が多いのも、それが理由だろう」


 ◆


眼前で笑顔を絶やさず教授に甘える少女はコンシューマ向け。

つまり個人向けの玩具として、購入者の世話をし、飽きられればリサイクル業者に引き取られて、風俗店などにレンタルされ、さんざ使い古されてから解体業者に処理される。


もちろん、なかには主人の寿命が尽きて亡くなるその日まで、側で大切に可愛がられてから、そのまま解体業者に処理され、主人と一緒に永遠の眠りにつく幸運な子もいる。

だが、そういった例は稀だ。


何れにせよ、主人より長く生きるヒューマノイド──バイオチップの関係で寿命はある──は、まだ生きることが可能であるのに、最後は解体業者によってその「人生」を強制的に終了させられる。

そこから逃げ出す「はぐれヒューマノイド」が社会的な問題にもなっているのに、この子らは現在のヒューマノイドより生きることに執着するはずだ。


そんな運命が待っているのに、人と同じ心を持たせる意味は何だ?


「どうしたね、何を怒っているんだ」


「人には、やっちゃぁいけない、足を踏み入れてはいけない領域ってもんが、あるでしょぉ!」

ささくれ立つ俺の心がついに決壊した。


けれど教授よりもアリスが驚いて立ち上げる。俺の前に仁王立ちした。

「パパを虐めないで!」


その反応に卒倒するほど驚き、俺は言葉を失う。

いや、そうか。俺を睨みつけているこの子にとって教授は親なのだ。


「これでインタビューを終わります」

テーブルの上のデータレコーダを取り上げ、録音スイッチを停止した。


 ◆


研究棟の出口で空を見上げ困惑した。大粒の雨が降っていた。

「こりゃ、参ったな」


傘を忘れた。忙しさにかまけて、天気を見ずに来てしまった。


「どうぞ」

声に驚いて振り向く。


傘を差し出したのはアリス。

俺の後を追ってきていたようだ。


「あなたは、パパを虐めるから嫌いです。でも、濡れると可哀想だから、これをあげます」

アリスは無愛想なまま一礼して、再び棟内へと戻っていく。


その後ろ姿に、俺は声をかけた。


「コーヒー美味かったよ」


アリスはこちらに振り向き、少し戸惑っていたが、再び一礼すると駆けて行った。


虚しさ、そして罪悪感。

彼女たちを法律はどこまで守ってくれるのだろうか。


俺はアリスから貰った傘を開いて研究棟の外に出た。

「冷たいっ!」


傘の一部が大きく破れていて、そこから雨水が肩を濡らした。

おっちょこちょいで破れた傘を渡したのか、それとも……


「パパを虐めるから嫌いです──か。そういう事か」

どこまで人間なんだよ。


俺は大笑いした。破れた傘を差し、ズブ濡れになりながら大笑いした。

俺が心配する以上に、彼女らはタフだ。

ならば懺悔の意味で、濡れたまま会社まで戻ろう。

素敵な美少女から貰った傘を手土産に。

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機械少女 猫海士ゲル @debianman

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