第15話 スノーの故郷

数日後、秘密基地にて実行する依頼を決める話し合いを行うこととなったがスノーの姿がまだない。

彼女はまだ実家から戻っていないようだった。

ファングとワタルが先に来て待っていると、やがてスノーが姿を現した。

しかしその表情は暗く沈んでいるように見えた。元気がないというか、どこか落ち込んでいるような印象を受ける。


何かあったのだろうか。恐る恐る聞いて見ると先ほどまでの表情が嘘のように「いやー、この間の討伐の話をしたら、うちの家族にパーティでの活動をもうやめてほしいって言われちゃってさー」とあっけらかんと答えた。


スノーの実家は宿屋を経営しており、

彼女はそこの手伝いをしているのだ。

活動自体は知られていたものの、命の危険があるともなれば、彼女の両親はひどく心配しているようで、もう活動をやめて、将来的に宿屋を継げば生活に困らないのにと説得されたという。


「そこでみんなにお願いがあるの。うちのパパとママに納得してもらうのを手伝ってもらえないかな?」


スノーは両手を合わせてお願いのポーズをとった。

ワタルたちはもちろん快諾した。

宿屋の名前は"雪花のやどりぎ亭"というらしい。


ハウンはパーティを組む以前からスノー一家と面識があり、自分の頼みなら聞き入れてもらえるのではと話していた。


スノーは嬉しそうに笑うと、両親に話を通しておいて、近いうちに宿屋に一向が宿屋に訪れるという段取りを作ってくれた。


そしてその日はやってきた。宿屋は少し外れた場所にあったため、ワタルたちは町の散策も兼ねて歩いて向かうことにした。

雪花のやどりぎ亭に到着すると、そこは小さめの屋敷のような外観の建物だった。


スノーとハウンを先頭にして宿屋の中に入る。

宿の中は小綺麗に掃除されており、清潔感があった。

カウンターには気品のある女性がおり、スノーが「ママ!ただいま!」

と声をかけるとおかえりなさいと嬉しそうに笑った。


「ハウンちゃん久しぶりね。またちょっと大人っぽくなったかしら?」とスノーの母が話しかけるとハウンも嬉しそうに頷いた。


次にワタルとファングに目がいくと、彼女は少し驚いたような顔をしたがすぐに笑顔になった。


「あなたたちもスノーといつも仲良くしてくれている子らしいわね。はじめまして、いつもお世話になっております。」

丁寧に挨拶をされ、ワタルたちも頭を下げた。

スノーの母はハウンやファングにも話しかけると、2人とも少し緊張した面持ちではあったが、それでもきちんと受け答えをしていた。


「せっかくだから今日は泊まっていってちょうだい。この子が友達をこんなに連れてくるなんて久しぶりだから貸切にしちゃったの。」

この思い切りの良さはスノーに似ている。スノーの母は早速ワタルたちを部屋に案内してくれた。

部屋は2つ用意されており、1つは男性陣、もう1つは女性陣が使うことになった。

ファングは嬉しそうにしていたが、ワタルは少し緊張していた。


部屋は2人のものにしては広々としている。一番良い部屋を提供してもらえたのだろうか。


部屋に着くと緊張が一気に解け、椅子にぐでっとワタルは腰掛けた。


「スノーの母ちゃんと顔はあんまり似てなかったな。父ちゃん似なのかな」とファングが話しかけてくる。ワタルは曖昧に頷きながら、スノーの家族について考えていた。


彼女の両親は宿屋を経営しており、それはつまり彼女が将来宿を継ぐということになるのだろう。


とはいえ、一向を温かく迎えくれているあたりから考えるにこちらが粗相さえ犯さなければなんとか分かってもらえるのではないかとも考えていた。


ファングと2人でとりとめもない話をしていると、部屋にノックの音が響いた。スノーが様子を見に来てくれたようだ。スノーは部屋に入ると、ちょっと散歩しない?と声をかけてきた。

断る理由もなく、ワタルとファングはスノーとハウンについて行った。


4人は宿を出て町の中を歩いた。

雪の結晶の形をした看板を掲げた店がそこかしこに見受けられる。店主たちはみな気さくな人たちばかりで、スノーたちと会話を楽しんで、新しい商品について教えてくれたりしている。

彼女はそんな店の一軒で立ち止まると、ワタルたちを手招きした。


「スノーちゃん今日は宿の買い出しかい?うちで買っていってくんない!」

と店主が声をかけてきた。スノーは満面の笑みで頷き、店先の商品を物色し始めた。

雪の結晶の形をしたカップに白い飴が入っているものが彼女のお気に入りらしい。他にも赤や青などの色とりどりの飴が入ったものもあるようだ。


「今日は遊びにきただけだよ。おじさん飴四つくださーい!」

スノーがそう言うと店主は快活な声で笑って、手早く飴をカップに盛って手渡してくれた。代金を払ったあとも、また来てね!と店先で手を振られ、彼女は手を振り返した。


「ほらこれ美味しいから食べて」

スノーはワタルとファングにカップを手渡し、自分も一つ摘んで口に入れた。甘酸っぱい味が口の中に広がり、とても美味しい。あっという間に食べ終わってしまった。


ファングも美味しそうに食べており、スノーはそんな3人の様子を眺めながら微笑んだ。

町中が活気に満ちているように見えるのは気のせいではないだろう。人々はみな親切で笑顔が絶えない。小さな町の人たちはみんな顔見知りのようだし、お互いを名前で呼び合う姿が散見された。

活気溢れる町の様子を、ワタルは心躍らせながら眺めていた。こんな素敵な町で暮らせたらどんなに楽しいだろう。いや、でもそんな暮らしはすぐに退屈に感じてしまうのだろうか。

時々通り過ぎる子どもたちの笑顔を眺めながらそんなことをぼんやりと考えていた。


この町がますます気に入った様子のファングと、思いの外賑わっている町の様子が珍しいのかキョロキョロと辺りを見回しているハウンと共に宿に戻るとスノーの母から夕食の準備が出来たと言われたので食堂に向かうことにした。

もうすっかり日も暮れてきているため室内は薄暗く、ランタンの炎が灯り代わりとなっている。

食卓には先ほど食べたものよりも豪華な食事が所狭しと並んでいた。色とりどりの野菜が入ったスープにこんがりと焼きあがったパン。デザートには小さめのケーキまであるようだ。


「これ美味いっすね」とファングが料理の感想を述べている。確かにどれも美味しく、お腹も心も満たされていくのを感じた。

みんなで他愛ない話をしながら食事を楽しんでいると、食堂の入り口からスノーが入ってきた。

彼女は宿の従業員たちと一緒だったらしく、食後のお茶を用意してくれるようお願いしていたようだ。


彼女たちはワタルたちの仲間に加わる形で一緒に食事をとることになった。ワタルたちが町の様子を説明すると彼女も楽しそうに話を聞いていたので嬉しかったのだろう、笑顔が絶えなかった。

そして最後のデザートを食べ終える頃に、玄関扉を開く音が聞こえた。


食堂の入り口に岩のような大男が入って来た。眼差しは鋭く、巨体に相応しく厚い胸板をしていた。

ワタルたちを値踏みするような目で眺めた後、スノーへと視線が向いた。


「パパおかえりなさい!」


パパ…?ワタルはスノーがこの男の娘であると知って、心底驚いた。

しかしそれにしても岩のような男だなと感心してしまった。

ハウンがこっそり耳打ちをしてきた。彼女の父も宿屋を経営しているということなので、あの男の見た目にはもう慣れたらしい。

改めて、スノーの父を見る。がっちりとした体格で威圧感のある風貌をしている。


ワタルとファングは少々尻込みしながらも自己紹介すると、視線はこちらに向けられたものの、何も返事を返されることはなく、厨房の方へと入っていった。


この父親を説得する必要があるのであればかなり厄介だと思った。ワタルは少し不安になった。


部屋に戻り、ワタルはファングと共に大浴場へといく準備をする。

「しかし、あのお父さん…なんというかすげえ迫力だったよな。俺でも勝てねぇかもしれない」

ファングが話し出す。確かに先ほどのお父さんのインパクトはすごかったとワタルも思った。

「やっぱり俺たちのこともよく思ってないんだろうな」とワタルが話すとまぁそうだろうなとファング。

スノーやハウンがうまく言いくるめてくれることを願った。


大浴場はこぢんまりとしているものの、それでも10人は入れそうな広さであった。天井も高く、装飾には魔法石が組み込まれているようで暖かな光が降り注いでいた。湯船のお湯からは湯気が立ち上っており、辺りはとても暖かい雰囲気に包まれている。

ファングは大きな鏡の前で自分の顔を眺めてから髪を洗っている。


ワタルもお湯を出して頭からかぶると、石けんを手に取って泡立ていると浴室と脱衣場を隔てる引き戸が開く音が聞こえた。


今日は貸切と聞いていたから他の客が来るはずはないと思いながらも、ワタルは顔についた泡を洗い流し、そちらに目を向けると足を踏み入れたのはスノーの父だった。

ファングも気がついたようで若干引きつった笑顔で軽く会釈をすると、特に反応をしめす訳でもなく、体を洗い始めた。


湯船に浸かれないのは惜しいが、早々に出てしまおうと2人は目配せし、脱衣所の方へ向かおうとすると、男はぶっきらぼうな声で2人に声をかけた。

「もう湯には入ったのかい」

ファングは固まっており、ワタルは動揺していた。何か声をかけなければと思うのだが言葉が出てこない。

そんな2人の様子を見て男はフンと鼻を鳴らした。


ファングとワタルはそのまま立ち去るわけにもいかず湯船に浸かることとした。

怖い。どうしよう逃げ出しにくい…。


ファングもどうしたものかと焦っていた。ワタルも天井を仰いでみている。


洗い終えたスノーの父も湯船に入って来ており、気まずさは一層増していた。


先に口を開いたのは父の方だった。「ワタルくんに、ファングくん。いつも娘が世話になっているようだね」


ワタルは返答に困った。世話になっているどころか、お世話になりっぱなしですとも言えずに軽く頭を下げるだけだった。ファングも軽く会釈をして小さく頭を下げた。

そのまま彼は喋るのを止めてしまったので気まずい空気は変わらないまましばらく時間が経過した。

もう出てしまおうか……そう思った時だった。スノーの父の方が話し始めたのだ。どんな恐ろしい話をされるのかヒヤヒヤしていると、話は意外な方向へと進んでいった。


「娘がね。いつも楽しそうにパーティでの活動を私に話してくれるんだ。良い友達を持ったようだね」

彼はそう笑顔で言うと、それっきり黙ってしまった。ファングは気まずそうにしながらもそっとスノーの父の方へと顔を向けて口を開く。


「その、おとうさんはやっぱりスノーにパーティでの活動はしてほしくないんですか?」とワタルが恐る恐る切り出すと「お義父さん!?もうそんな関係なのか!?」と勢いよくワタルに顔を向けた。

2人の間に緊張が走る。

ワタルは変な誤解を招かないようになんとか弁解した。


「まぁ、レオンさんとでも呼んでくれればいいさ。あの子は昔からうちの客から人気があってな。危ない思いはせずにうちで働いてもらえればあの子の将来は安泰のはずなんだ。」


ワタルとファングは顔を見合せ、とりあえず2人ともレオンが怒ってはいない様子に安堵した。

そのまま彼による娘の自慢話が始まった。この父かなり子煩悩のようである。しかしワタルもファングも彼の話を遮る訳にもいかず、その自慢話を聞くこととなってしまった。


湯に浸かる時間も終わろうという頃になってようやく長い娘自慢が終わるとレオンは最後にこう締めくくった。


「実は俺たちはあの子の本当の親ではないんだ。色々と事情があってスノーにも話せていないことなんだがな。でも俺たちの娘である以上選ぶ道は尊重してやりたい。君たちがいればあの子はもうひとりぼっちになることもないしな。」


「僕たちもスノーとこれからも冒険がしたいです。」とワタルが言うと、レオンは声をあげて笑うと「これからもあの子をよろしく頼むよ」

と言って肩を叩いて湯船から出ていった。

残された2人はなんだか少し気恥ずかしくてしばらく無言だった。


ファングとワタルも続けて上がると、風呂上がりのスノーとレオンが何やら話をしていた。

彼女からは笑顔も見られる。親との会話も弾んでいる様子だった。

良かったな、と思いながらワタルは彼女の笑顔を見つめていた。


ワタルはファングと部屋に戻ってから

いつでも就寝できるように旅用の服から宿で借りた寝間着に着替えた。

隣のベッドではいつの間にかファングが気持ちよさそうに寝息を立てている。

まだ眠気が起きないため、部屋の外に出ているとスノーと鉢合わせた。

可愛らしいフリフリの寝巻きを着て、

彼女はワタルを見つけると微笑んでこう言った。

「あれ、ワタル!まだねてなかったの?ファングは? 」


さっきベッドで寝てたよと伝えると彼女はあははと笑って そっか〜まだ長風呂してたから遅いなとは思ってたけどそっかそっか〜と笑った。


そしてさらに続けた。2人で何話してたの?まさか私の悪口!?と言ってふざけて笑うのでワタルもつられて笑ってしまった。


そんな訳ないよと否定したが、どうだろうね〜なんて笑って言うものだからタチが悪い。冗談だってば〜!といってまた笑ってる。


これはからかわれているな、とワタルは悔しくなって思わず冗談めかして 「本当は悪口言ってたんだよ!」といってみた。


すると彼女はびっくりしつつも笑いを堪え切れない様子で肩を震わせている。どうやらツボにハマったらしい。

しばらく笑われ続けてしまったがワタルもなんだか彼女の笑顔を見て安心してしまい一緒になって笑ってしまった。やっぱり彼女には笑顔が似合うなぁとワタルは思った。


ひとしきり笑った後、彼女がぽつりと

「パパに冒険にパーティでの活動を今後も続けたいって改めてお願いしたの。そしたらパパったら泣いちゃってね……。心配かけてたんだなぁって改めて実感したよ」

そう照れ臭そうに頰をかきながら笑った。

そんな彼女の笑顔に、ワタルはなんだかドキッとして心臓の鼓動が少し早くなったような気がした。

「ワタルもパパと話してくれたんだって?ありがとう!」と抱きつかれてしまい、なんだか照れてしまう。

彼女は自分の部屋に戻って行った。ワタルはしばらくその場に立ち尽くしていた。心臓はトクトクと早い鼓動を打っている。さっきのドキッとした感覚の正体は一体なんだったんだろうか? そんなことを考えていると、突然後ろから声をかけられた。

振り向くとそこにはニヤニヤ顔のハウンが立っていた。

顔が熱くなる。自分は今、どんな顔をしているんだろうか。

恥ずかしくなってしまい慌てて布団に潜り込むと、彼女はそんなワタルを見て更に面白がっているようだ。もうどうにでもなれと思った。

それから、しばらくしても寝付くことが出来なかった。あまりにも目が冴えてしまったので、外の空気でも吸おうかと外に出た。


「君も眠れないのか。」


昼間は気がつかなかったが、この宿屋には庭園があるようだった。そのベンチに腰掛けていたのはレオンだった。こんな夜中だというのに彼は白いシャツを着こなし、首にはタオルを下げていた。鍛え上げられた体つきはやはり圧巻だった。


その筋肉の量に圧倒されながらワタルは少しだけ彼の隣に腰をおろした。


先程よりも距離が近くなり少し緊張してしまうが彼は特に気にしている様子もないようだ。庭の草木を見つめながらレオンはこう切り出した。

真剣な眼差しだった。


しかし口調は優しく語りかけるかのように穏やかなもので、ワタルに嫌な感じを抱かせなかった。


そして彼の口から語られた言葉は今まで彼が悩み苦しみながら抱えてきた孤独な心情であった。獣人になってからというものの、すっかり暗くなってしまっていた娘が今となっては元気に冒険しているという喜びと娘のために何も出来ない自分に悔しさを感じているのだという。そんな思いを抱えていた中で、ワタルが娘に歩み寄り始めてくれていたことが彼には救いのようなものになっていた様子で、だからこそ彼はワタルにここまで好意的だったのだ。


本当は娘をパーティになんて入れたくなかったとまで言ってくれたレオンだが、娘をよろしく頼むよと頭を下げられてしまった。


これが一番聴きたかったことなんだが…と切り出され、ワタルの肩をつつきながら「ところであの子とハウンちゃんだったらどっちが好みかな?」とレオンは訊ねる。

想定もしてなかった質問に吹き出してしまう。


この人もふざけてるのか真面目なのか分からねぇなと思った。ちょっとスノーっぽさを感じるあたり親子なんだなと思った。


なんて答えようかと迷っていた時にスノーの母親も起きて来たらしくこちらにやって来た。

「あんたこんな時間までワタルくんに話し付き合わせて…流石にお酒入りすぎよ」

レオンは「すまんな」と笑いながら言うと、2人は宿屋の中へと戻って行った。

彼が調子良く話しかけてくれるようになったのは酒があったからなのだろうか。


夜風が冷たく突き刺さる。

ワタルはベッドへ向かうこととした。


目が覚めた時には時計は9時を回っていた。昨日はかなり疲れていたはずなのだがいつの間にか深く眠ってしまったようだ。

ファングが「よく眠れたようだな」と笑い、食堂に来るようにと促してきた。


「おはよう。朝ごはんも食べたいって」

食堂にはスノー、ハウン、それにレオンとスノーの母シーラも朝食をとっていた。

シーラがこちらに気がつくと、手招きして呼び寄せてくれた。

スノーは昨日と同じように元気そうである。

ワタルと目が合うと彼女は照れたように笑って手を振った。

朝食を食べている間もレオンはずっとニコニコしており、時折こちらを見てはうんうんと頷いている。何か言いたげな様子だがこちらから切り出すのも違うような気がしてワタルは何も言うことなく食事を終えた。


朝食を終えてから少し休んでいるとあっという間に出発の時間となった。宿を出るとき、シーラが見送りに来てくれた。

彼女はワタルと握手を交わしながらこう言った。

昨日までの寂しげな様子はもうない。むしろどこかスッキリしたようにも見える。

そして最後にこう付け加えたのだ。

スノーのことをこれからもよろしくお願いしますね、と……。


ワタルは彼女の言葉に力強く頷き、笑顔で応えた。

そして一行はスノーの故郷を出発した。


続く

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『転生者の尋ね人〜獣人たちとワタルの冒険譚〜』 ありひら @arihira

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