彼氏にささくれ立っている親友は私のささくれなど気付かない
木元宗
第1話
高三にもなって体育祭にムキになる人なんていないだろうと思っていたら、隣に座る親友が今から人を殺すかのような険しい顔でグラウンドを睨んでいるものだからつい尋ねた。
「どうしたの? 熱中症?」
「木陰にいるのにそんな訳無いだろ」
親友改め
「だって怖い顔してるから。まさか早く終われと思ってるからって体育祭そのものを破壊してやろうと、乱入でも企んでる訳じゃあるまいし」
「あのクラス対抗リレーの連中にチャリで突っ込んでやろうかと思ってる」
「え思ってるの? やめなよ最悪退学だよ」
「チャリで突っ込まれる奴らの心配はしてないんだな」
「別にクラスメートって死んでも葬式行く間柄じゃないし」
「日常会話で放つ鋭さの言葉じゃないな……」
そのお陰で萎えたらしく、
私は木の幹に凭れながら、両腕を上げて伸びをする。
「ならどうしたの。私達の出場種目、もう終わってるじゃない」
欠伸をしていると、
「だから、あれだ。クラス対抗リレー!」
「私達免除だから不参加じゃない。文化祭前に怪我したくないからって」
滲んだ涙を拭いながらグラウンドを見る。太陽光の直撃を浴び続け、白く輝きながら熱を放つ乾いた土の上に引かれた真白の線に沿い、クラスメートや他クラスの生徒が駆け回っていた。体育も運動も嫌いな自分としては滑稽な光景である。あんな
「ああ、尾形君とうちのクラスの女の子」
「あいつら尾形がゴールした途端集まり出したんだ。一体何の用なんだ」
私は耳を澄ます。
「んー……。普通に喋ってるだけじゃ? 尾形君スポーツ万能だし。さっきも一位でゴールしてたしね。クラス対抗リレー」
「見てたんなら言えよ」
「あなたこそちゃんと見てなさいよ。彼氏の活躍する種目なんだから」
「見てたよ。見てたらあいつらが尾形に集まったんだ」
「だって最下位から全員抜き去ってバトン繋いだんだから凄いでしょう。私だって声の一つや二つかけたい気持ちになるって」
「お前なら別にいいけれど……」
「お前、彼氏いた事ある?」
「ほぉーん恋人持ちマウントですか?」
「違うよ質問だ。たとえばだ。好きな人が周囲に褒めらえている。とても気分がいいな?」
「うん」
「なんだけれど同時に、非常に気分がよくない。何故かささくれ立つ。この理由は何だと思う」
「嫉妬」
「しっと?」
意味を掴みかねているのか、間抜け顔で聞き返される。漢字変換が出来なかったらしい。
「
「別に悪い事じゃないよ。心って常に複雑だしね。たとえば今の気持ちを円グラフに書き出してみたら、案外色んな事が出て来るでしょ? 暑いとか体育祭ダルいとか、尾形君が一位でゴールしてカッコいいとか、尾形君の周りにいる子達が鬱陶しいとか、質問しといて不都合な事実が暴かれて恥ずかしいし、ちょっと私に対して余計な事言うなよって不満があるとか」
尾形君の周りの女の子は
「尾形には知られない方がいいな」
「まーあ自分以外の女の子と話してるとイラつくって言われるのはねえ。だから何だよって話だし、ウザいよ」
「ぐああぁ……」
対岸の火事である私は、それを眺めながら返す。
「内心は自由だから黙っとけば問題無いよ。秘密の無い人だっていないし、今までだって尾形君が他の女の子と話してる場面なんて幾らでもあっただろうに、ちゃんと黙ってたって事でしょ? 嫉妬だって今まで気付いてなくて、言語化出来てなかったぐらいなんだから」
「言ってない……」
「そう。偉いね」
「自分で言語化も出来ない事を誰かに理解して貰おうなんて思う程馬鹿じゃないさ」
情け無くて不快だ。
この三年間クラス内では勿論、軽音部でも同じバンドのメンバーとして過ごして来たが、こんなに動揺するようになったのは尾形君と付き合うようになってからだ。
いつも泰然。成績が落ちたり、友達と喧嘩したり、珍しく演奏でミスしても、決してそれを表に出さない。八つ当たりのように感情的になるのを嫌う彼女のそういう所を尊敬しているし、言い換えればその平静を保つ為、誰が相手でも同じ形の線を引いて一定以上は気持ちを表に出そうとしない冷めた所がもどかしかった。大人なのは素敵だけれど、もう少し素直になった方が人付き合いも上手くなるし、友達だって増えるだろうに。本当は今隣で見せてるように、喜怒哀楽が分かりやすいんだから。
なのにいつからだったか、つまり本当に気を許しているのは私だけなんだと気付いて覚えていた彼女の不器用さへの寂しさや同情が、行儀の悪い優越感に変質していたらしい。交際するようになり
彼氏がいた事が無いのに彼女のささくれ立っている理由は嫉妬と即答出来たのも、私が既にそれを覚えていたからだ。
私は
音楽はサッパリな尾形君には分からないだろう。彼女がどれだけ優れたプレイヤーかつ努力家なのか。私は三年間同じバンドでやって来たから分かっている。この点に関してだけはきっと、卒業まで超えられる事は無いだろう。
尾形君の活躍がよく見えるグラウンドから離れ、高校生活最後の体育祭をサボってまで文化祭でのライブの成功を取った
「キモいな私」
つい呟いた私に、髪を結び直していた
「む?」
「喉渇いたから自販機行こうかなって」
髪を結び終えた
「いいな。行こう」
逃げるように先に立ち上がると、
嫉妬から解放されグラウンドへの興味がすっかり失せている
「ほら紗希。尾形君手振ってるよ」
「いてっ!?」
右手を取られた紗希は、痛みに顔を
「な、なんだよ?」
「ほらグラウンド。尾形君」
「え? あ、ああ。ホントだ」
紗希は目を白黒させながら何とか尾形君に気付くと、左手を振る。
私が右手を掴む際、わざとささくれに爪を立てたのは気付いていない。きっと偶然だと思ってる。
私のささくれにも一生気付かないだろう。ほんのさっきまで嫉妬を知らなかった、純粋な人なんだから。
彼氏にささくれ立っている親友は私のささくれなど気付かない 木元宗 @go-rudennbatto
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