取るべきか取らざるべきか

武海 進

取るべきか取らざるべきか

 カタカタとキーボードの音が響く部屋。


 皆無言で仕事に打ち込んでいた。


 別に繫忙期でも無ければ、同僚たちと仲が悪い訳でも上司が口煩い訳でもない。


 どこの職場も無駄話の種が誰も無い時はこんなものだろう。


 自分も急ぎの案件を抱えていないので余裕はあるが、なんとなく進められるだけ進めておこうと思い、皆と同じ様にキーボードを叩く。


 一時間程経ち、作業もひと段落したので少し手を止めて体を伸ばす。


 まだまだ若いとはいえ、ずっと座りっぱなしは正直しんどい。


 凝り固まった指も解そうとした時、ふと気付く。


 人差し指がささくれている。


 このところ乾燥しているからだろうか。


 元々あまりハンドクリームなどで手のケアをしたりするタイプではないので、たまにこうやってささくれることはある。


 別にささくれているから仕事の効率が落ちる訳で無し、放っておくことにして再びキーボードを叩き始めた。


 しかし、数分すると指の動きが遅くなる。


 原因は、ささくれだ。


 いつもは別に気にならないのだが、今日は何故か妙に気になるのだ。


 再び手を止め、人差し指を見る。


 よくみればささくれはそれなりに大きい。


 あまり良くは無いのだろうが、ささくれを指で摘まむとひと思い引っ張って取ろうとする。


 しかし、ほんの少し力を込めた瞬間、痛みが走る。


 激痛という訳で無いが、この痛みには覚えがあった。


 間違いなく、ささくれが取れた途端に血が出る時の痛みだ。


 なんなら既にほんの少し血が滲んでいる。


 さて、どうしたものか。


 このまま放置して仕事には戻れなさそうだし、かと言って無理やり取って血が出てくればそれこそ仕事にならない。


 生憎、絆創膏なんて持ってはいないのだから。


 デスクにあるのはセロハンテープくらいだ。


 誰か絆創膏を持っていないか聞こうにも、皆一様に仕事に集中しているらしく、声を掛けずらい状況だ。


 手詰まりだ。


 そうして困っていると、急に声を掛けられた。


「あの、良かったらこれ使って下さい」


 隣のデスクの同僚が突然絆創膏をくれたのだ。


「あ、ありがとうございます。でもなんで……」


「だって十分くらい指を眺めてるんですもん。変に目立って皆見てますよ」


 言われて周りを見ると皆笑いをこらえながら私を見ていた。


 周りから見れば自分の指を眺めるおかしなナルシストにでも見えていたのだろうか。


 急に恥ずかしくなった私は絆創膏を有難く受け取ると、指に巻くのであった。

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取るべきか取らざるべきか 武海 進 @shin_takeumi

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