ささくれカレーを食べたい夜は

カエデネコ

スパイスたっぷりささくれカレー

 ダンダンダン!


 包丁が荒々しく動き、玉ねぎをみじん切りする音が響く。涙がポロポロこぼれる。泣いてはいない玉ねぎが目に染みてるだけ。


 にんにくと生姜をすりおろす。冷凍の挽き肉は解凍した。


 材料揃ってて良かった。こんな日は無性にすごく辛いスパイスの香るカレーが食べたくなる。


 仕事から帰ってきて、涙ながらにカレーを作ってるって、どうなんだろう?変かな?顔を一度、冷たい水で洗って、タオルで拭いた。それでもポロポロ涙が出る。泣いているのは玉ねぎのせいだ。


 深めのフライパンに油を熱して、ジュワッと音を立てて挽き肉が炒められる。生姜とにんにくと玉ねぎも炒めていく。


 玉ねぎが透明になってきた頃、スパイスの出番だ。


クミン、ホールクローブ 、 カルダモン、コリアンダー、クミン、チリパウダー……。


 トマト缶は常備してある。入れてグツグツ煮込む。時々、かき混ぜる。部屋中にスパイスの香りがする。


 涙がまだ出る……玉ねぎのせいだ!


 最後の隠し味にヨーグルトを入れたところで、ピピーッと炊飯器の音がしてお米が炊きあがった。


 それを待っていたかのように、玄関のチャイムが鳴った。


 扉を開けるとニッとチシャ猫のように笑って登場したのは保育園以来の友人だった。ショートカットのサバサバした性格の友人は付き合いやすくて時々、こうやって一緒に食事をしている。


 まるで自分の家のようにテレビをつけて、座っている。


「いい匂い!私の大好物なのよね。今日はラッキーだった」


 こっちを見ずにテレビを見ながら言うから本気かどうかわからないが、カレーを気に入ってくれててなによりだ。


 大きい皿に白いご飯を盛り付け、ルーをトロリとかけた。福神漬けはないけど、瓶入りのきゅうりとたまねぎのピクルスをだすことにした。


 銀色のスプーンで香辛料の良い香りがするカレーをすくって食べた。ピリッとした辛さの刺激と香りがする。


「辛い……」


「なんで泣いてるの?」


「辛くて泣いてるんだよ!」


 心がささくれた夜にはスパイスが効いてるカレーが食べたくなる。それも気を使わないでいい友だちと。


 はいはいと笑って、コンビニの袋からビールを出してきて、呑もうよ!と渡された。


 来たときから涙目だったことやカレー食べながら泣いてることをどう思ってるんだろう?


「何も聞かないのか?」


「話したいなら、話せばいいわ。アヤトが『カレー作るからどう?』ってメールくれる時はたいてい心がささくれてる時だから、なにかあったんだっていうのはわかるの。あ、カレーのおかわりある?」


 おかわりあるよ……と言うと嬉しそうにルーを取りに行く。


「なんだよ……それ……オレのことなんて、バレバレなのか」


「ちなみに、このカレーは『ささくれカレー』と私は呼んでいる」


「オレのカレーに変な名前つけるなよ!」


 アハハハと笑われた。そんなふうに明るく笑われるとオレが悩んでるのが馬鹿みたいじゃないか。


 いつの間にか涙は止まっていた。ささくれた夜に思いっきり料理するにはカレーがいい。涙を流して笑って、どこかに溜まっていた塊がスッキリして、楽になれた。


 ……ふと、気づくとテレビが付いた部屋にオレ一人。


 仲の良かった彼女はもういないんだ。結婚することを告げられた。もっと早く好きだって言っていたら、なにか変わっていただろうか?臆病者だった。自分の心が傷つくのが怖くて言えなかった。それなのに彼女の相手に嫉妬してる。


 ささくれカレーを食べながら、いつものようにドアを開けて入ってきてくれるのを微かに期待してる自分がいた。

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ささくれカレーを食べたい夜は カエデネコ @nekokaede

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