ささくれに死す

坂本 光陽

ささくれに死す


 僕の父は三年前に亡くなった。笑い話に聞こえるかもしれないが、ささくれに殺されたのだ。ああ、ささくれである。爪のすぐそばの皮が少しむける、あれである。確か、さかむけともいうね。


 よく聞いてくれよ。たかが、ささくれ。されど、ささくれ。甘く見ていると、ひどい目にあってしまうぞ。それは僕や君も例外じゃない。


 えっ、どうやって殺されたのかって? 殺されたというのは過剰な表現かもしれないが、父がささくれのせいで亡くなったことは確かだよ。


 君に教えるのは簡単だけど、それでは芸がない。ここは君の想像力を試してみようじゃないか。どんな殺され方だったのか、一分以内に考えてみてくれ。はい、スタート。



 五、四、三、二、一、ゼロ。はい、一分が経ったぞ。僕の父は、ささくれにどうやって殺されたのか、聞かせてもらおうじゃないか。


 ふんふん、ささくれでできた傷口から、破傷風菌か厄介なウィルスが入り込み、その結果亡くなったというんだね。なるほどね。悪くはないが、いささかシンプルすぎないか。もうちょっとひねりを利かせてほしいな。


 例えば、こんな具合にさ。僕の父は会社に向かって歩いていたんだ。両手の指には、一つのささくれもない。いたってきれいなものさ。けれど、僕の父から数キロメートル離れた場所にいる男はそうではなかった。


 右の人差し指にささくれができていて、そいつがシクシク痛んでいた。左手の爪で取り除こうとするが、なかなか果たせない。とにかく、気になって仕方がない。次第にイライラが募ってくる。


 ああ、心までてきたわけだね。そのうち、前方確認がおろそかになってきた。そう、男は車を運転していたんだよ。しかし、ハンドルを握りながら、ささくれを取り除こうなんて、とかく無茶な話さ。


 そのせいで、横断歩道を渡っていたサラリーマンをねてしまった。一つの落ち度もないのに、ひどい話さ。すべての原因は運転手の前方不注意と信号無視にある。なのに、警察官に問いただされて、こう言ったそうだよ。


「どうにも、ささくれが気になってしまって」


 撥ねられたサラリーマンが誰なのか、説明はいらないね。

 こうして、僕の父はんだよ。



                 了

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ささくれに死す 坂本 光陽 @GLSFLS23

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