よくある剣と魔法の宝箱

曇戸晴維

宝箱

 激戦だった。

 勇者と呼ばれる男は魔王と呼ばれる異形の王を圧倒していた。

 だがそれは結果論であり、無数の綱渡りを超えた先の出来事だった。

 うずくまる勇者パーティの一同はその神業の連続に見惚れると共に、魔王の初撃によって倒れた自身の未熟さに歯噛みしていた。

 勇者は、膝をつく魔王に鉄の剣の切先を突き付ける。


「もはや、もはやここまでの強さとはな」


 自嘲の混じった笑いと共に、魔王は呟く。


「魔王、なぜ戦争を起こすなんて真似をしたんだ…聞けば、人の国と魔族の国は仲良くやっていたのだろう」


 憐憫の感情からか、勇者が問いかける。


「なぜ?…なにを言っている?肥沃な大地を占有し、大国である人の国の勇者にはわからんか…」


 勇者はしかめ面で鉄の剣を握りなおした。


「それとも…召喚される前はよほど平和な世界にいたか?」


 勇者はいわゆる異世界転生を果たしていた。

 地球の日本に生まれ、大学まで卒業した。

 たまたま就職先がブラック企業だった。

 趣味のマンガやゲーム、ライトノベルが日々を癒してくれていた。

 そして、たまたま仕事で徹夜明けの日にトラックに轢かれて死んだ。

 彼の魂はたまたまこの世界で行われた勇者召喚の儀に引っかかって、転生を果たした。

 記憶を持ったまま。

 魔王は勇者の表情を見て、語る。


「図星か。では貴様にはこの価値がわかるかもな」


 魔力の波動が響く。

 魔王の玉座の下部の台座が音を立てて動き出す。

 勇者パーティ一同が動揺するが、勇者と魔王だけは会話を続けた。


「世界の半分を……とでも言って貴様を引き入れたいものだが」

「世界などに興味はないよ」

「だろうな。それでこそ勇者だ。そもそも、儂は負けたわけだしな」

「じゃあ、なにをするつもりだ」

「そう焦るな。儂では貴様に勝てん」


 埃をあげながら台座が持ち上がる。

 まるで箱の蓋が開くように――否、それは巨大な箱の蓋だった。


「っっっ!」


 勇者に動揺が広がる。


「やはり、貴様は随分と進んだ文明の世界から来たようだ」


 台座を蓋とした、巨大な箱。

 そこから現れたのは黄金、宝石、希少金属、宝剣、金貨、勇者の前世を基準にすればこの世の全ての宝物がここに集まったかと思うほどの宝の山。

 それは巨大な宝箱だったのだ。


「なんで…」


 勇者は動揺を隠せない。


「…なによ。ただのゴミの山じゃない」

「脅かしやがって!勇者!遠慮することはない!叩き斬ってしまえ!」


 勇者パーティの魔法使いと戦士が声をあげる。

 勇者は、動揺を隠せない。

 僧侶だけが神に祈りを捧げていた。


「なんだ……これは…」

「やはり価値がわかるか。お前たち人間が錬金と呼んで、神の恩恵として人にしかできぬ魔法で作っていたものだ」


 僧侶が叫ぶ。


「そうよ!なんであんたのところにこれがあるのよ!これは魔族には扱えない代物!私たち神に愛された人にしか与えられないはずよ!」


 魔王はそれを聞いて、鼻で笑う。


「馬鹿馬鹿しい。これらは地底で取れるのだ。道具を使って大地を削る。我が魔族の国の土地は作物を作るのに適していない。だから、これを人の国に送り、対価として食糧をもらっていた」


「嘘よ!これは限りた血筋の上級貴族たちが錬金術によって生み出したもの!どこからか奪ってきたのよ!」


 魔法使いが叫ぶと、魔王はそれをまた鼻で笑う。


「そう思いたいのだろう。そう教えられたのだろう。勇者よ、貴様ならわかるだろう。人の国の異常さを。平和な文明から我らが幼子に見えるほどの世界から転生してきた貴様なら」


 勇者は思い返す。

 初めは召喚されたときだった。

 悪趣味なまでの金ピカの祭壇に、立っていた。

 どこまでも黄金の宮殿内では貴族の子どもたちが宝石に彩られたボールでサッカーをしていた。

 騎士たちの武器も鎧も全て金や銀で出来ていた。

 村々を巡る旅の中でも、嫌というほど黄金を見た。

 農民でさえ、金の鍬で畑を耕し、石にあたり刃が欠ければすぐに領主から代わりを支給されていた。

 これは神に愛された人の技だと、錬金術の賜物だと信じられていた。

 魔族の国に近くなるにつれ、それは減っていった。


「我々が……ゴブリンたちが彫り集め、オークたちが運び、ドワーフたちが加工して、エルフたちが人の国へと送っていた」

「エルフ……そんな……」


 僧侶が祈るように天を仰ぐ。


「神殿に近いものなら心当たりもあるだろうな。フードさえ被れば、誰もエルフだとは気付かまい。人との混血も進んでいる種族であるしな」

「うそよ……あの人たちは……でも……いや、少し耳が長かっただけで……」

「それを貴様ら人間は、もう十分だからと一方的に外交を打ち切ったのだ!」


 魔王の言葉に僧侶は項垂れる。


「てめえらで土地を耕せばよかったじゃねえか!飯が食いてえなら作ればいいだろ!」


 戦士が吠える。


「……飢えたことがないのだな。作物を育てたことも。このような岩盤だらけの地層で万年冬で大地が氷で覆われた土地になにが育つ?貴様らは旅の途中、おかしいとは思わなかったのか?人の国から我が国に入って、ここに辿り着くまで何日かかった?人の国を旅した時間の方が遥かに長かっただろう?我が国に入って草木が茂っているのを見たか?森はどうだ?獣はいたか?スライムやローパーといった魔物ではなく、食える獣は?飲み水にも苦労しただろう。かろうじて絶えず水が沸く場所にはすべて魔族の村があるからな」


 戦士が黙ると、次は魔法使いが吠える。


「そんなこと言って……魔族の国の領土はここから先にも広がっているじゃない!なにも調べていないと思ったの!?」


 魔王はため息を吐く。


「なぜ魔王城がこんなにも人間の国の近くにあると思っている。ここは魔王国領土の最南部だ。ここが我々が住める限界の土地だ。人よりも肉体が強靭な我々でさえ、ここより先は凍えて、死ぬ」


 すべての辻褄があっていく。


「っっ勇者!お前!俺たちより賢いんだろ!王様が言ってたじゃねえか!お前は賢者であり勇者だって!なんで黙ってんだよ!なんとか言ってくれよ!」


 勇者パーティと魔王の問答の中、勇者はただ宝物箱を見ていた。

 勇者は旅の途中、目が眩むほどの黄金を見てきた。いくら見ても見慣れなかった。

 コンクリートジャングルで生まれ育ち、貴金属など興味はあっても買えるものではなかった。

 世界が変われば、こんなものか、と思った。

 せっかく自分の好きな剣と魔法のファンタジー世界に転生し、勇者と呼ばれたが、なかなかフィクションのようにうまくいかないものだなと思った。

 金ピカの建物は落ち着かないし、その価値が蔑ろにされているようで気味が悪かった。

 だが、別の世界に来たのだから、こんなものだ、と納得させていた。

 ただ純金や純銀で作られた剣では柔らかすぎるのは知っていたから、鉄の剣を選んだ。

 周りは、勇者は神の力を宿しているからその身が黄金なのだと、だから鉄の剣で戦うのだと思っていた。

 そういうものか、とこれも勝手に納得していた。


 勇者は考えていた。

 それは前世からの疑問だった。

 前世でも他の者には取るに足らない問題だったが、勇者の中では重要だった。

 いくら文献を漁っても、知識人を頼っても、見つからなかった答え。

 それを考えていた。


「勇者ぁ!」

「勇者様!」

「勇者くん!」


 仲間たちが、彼を呼ぶ。

 しかし、仲間たちの声は彼に届かない。


 彼の思考は彼の心の奥深く、そしてその目は宝物の山に釘付けだった。


 それを見て、魔王は言った。


「勇者よ、殺して奪うも儂の話を聞いて心動くも貴様の自由だ。聞きたければなんでも答えよう。だが、ひとつだけ、この黄金はもう人にとって価値がないのかもしれない。だが貴様がこの価値がわかるのならば、頼む。我が民を……救ってくれ」


 勇者パーティの一同は息を呑んだ。

 歴史が変わる。常識が変わる。

 そうなるかもしれない瞬間が、勇者の一言にかかっている。

 一同の答えはでない。

 前世から転生してきた勇者でなければこの話を真に理解はできない。

 なんとなく、それだけは感じていた。

 そして自分たちが信じた勇者を、信じようと思っていた。


 勇者がゆっくりと口を開く。

 二度三度、歯噛みするように、言葉を選ぶように口を動かす。

 それを、魔王を含めた全員が固唾を呑んで、見守る。


「なあ……」


 小さく呟くような始まりだった。



「前々から思っていたんだがあの剣は飾りで実用性は考えていないのか?この文明レベルの金貨は金含有率が高く混ざり物は少ないはず。合金といえば金と銀の掛け合わせやスズと銅から作る青銅などが主流であるし鉄の融解温度の高さから加工が難しいのもわかるがその実用性を無視するほどに産出があるのはわかるが本当にそれだけなのか。実際使ってみれば金がその実用性に乏しいことは理解できるはずだがその実、雑に扱われているあたりわからない。何よりファンタジーもので定番表現となっている貴金属山盛りのこの宝箱だがなぜ金の山に剣を刺すのだ。刃こぼれどころの騒ぎじゃない。宝石は研磨までされているのに乱雑に詰め込まれれば傷がつき放題だろう!パールのネックレスなど以ての外だ!わざわざネックレス状にしているくせに重い金から引っ張られたらどうなる!モース硬度の概念はどこに消えた!重みで砕け散るぞ!だいたいその箱の置いてある床はなにでできているんだ!金の重さは体積×19.3グラム、鉄の二倍以上!銀の約二倍だ!それが山と積み上がって絶えられる箱と床はなんだ!どんな建築方法だ!土木技術はあるのに貴金属に対する知識はどこへいった!その剣は!!飾り物でいいのか!!刃こぼれも曲がりも気にしないのか!!それとも全部再加工すること前提なのか!王冠も何もかも傷だらけの宝石を外して研磨しなおし残った金属の比重を調べ再加工するのか!だいたい冒険者や勇者一行が荷馬車もなしに旅をして荷物の量の調整に苦労するのにこんなクソ手間がかかって重い物を魔物がわんさかいて生き死にをかけた戦いをするような場所から持って帰られるわけないだろ!せいぜい数枚かアクセサリーを一つ二つだ!剣は!!剣だけはない!!さも報酬のように描かれるがもはや罠じゃないか!欲に目が眩めば帰り道の戦闘能力は著しく下がる!重量増加は致命的!何度も言うがその剣はなんなんだ!!使えもしない剣を持って帰る余裕なんかあるか!!魔法でもかかってんのか!!輸送に使える魔法があるなら先にそっちを使って物流網を安定化させろ!黄金より余程価値があるわ!一億歩譲って金貨はわかる!宝石もわかる!文明レベルからして乱雑なのも目を瞑ろう!産出量の概念など浸透してないだろうからな!アクセサリーの類だって理解できる!見た目は権力の誇示に必要だからな!!!

だ け ど 剣 は な ん だ ! !

他でいいだろう!悪趣味にも程がある!おまけに刺さってる意味はない!絶対にない!それとも何か!?宝箱に仕舞う係がいて「やべ、剣いれんの忘れてたわ。よいせっ」みたいな感じで力技でブッ刺してんのか!黄金の山に黄金で出来た剣をブッ刺す?どこの怪力だ!門番にでも採用しろ!それともご丁寧に剣を立てるように周りを埋めていったか!?見栄えか?開けたときの見栄えを気にしているのか!?そいつに絵を描かせろ!像を作らせろ!美術センスで評価してやれ!

あ の 剣 は な ん な ん だ ! !」


 勇者の声がこだまする。

 それは魂の叫びだった。

 ファンタジーヲタクとしての、転生者の叫びだった。

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よくある剣と魔法の宝箱 曇戸晴維 @donot_harry

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