ささくれの宇宙

月這山中

 

 有人宇宙探査船『はればれ』は、宇宙の端に到達した。


「見ろ、見渡す限り星がないぞ」

「はしゃぎ過ぎ。まだレーダーに映ってないだけかも」


 乗組員のタケダとジェシーは軽口を叩き合う。他の乗組員も笑う。

 今こうしている間にも宇宙は膨張を続けており、シンギュラリティから何兆年と続く爆風に乗って、星々と『はればれ』は絶対座標を進み続けている。


「さあ、進むよ」


 ジェシーがパネルを操作した。

 タケダは静かに興奮していた。無人探査船により宇宙の端の存在は確認されていた。搭載カメラには暗い空間と銀河の光だけが映り、地球へと送信されてきたのである。今、それを人間が目視で体験しようとしている。


「あれっ」

「どうした」

「なんかおかしい。レーダーに……」


 宇宙が揺れた。

 そう感じたのは何故だろうか。宇宙船が揺れただけかも知れないのに。冷えた感覚が鼻奥を通る。鼻血が出ていた。レーダーが示していたのは、星々の座標の変化だ。端から端へ亀裂が走ったように今まで航行して来た宇宙の一部がはがれ、その突先に『はればれ』は移動していた。


 ああ、宇宙がささくれている。


「神の罰か」

「現実逃避してる場合じゃない。一度戻ろう」


 タケダは仲間を励ます。


「ジェシー…!」

「いいえ、実験は継続する」


 ジェシーはレーダーを見つめて笑っていた。


の証拠を撮影したんだよ」

「皆の命を守るのが優先だ!」


 タケダはパネルに触れようとした。その手を遮られる。


「知りたくないの。何が起こるか」


 タケダは迷う。

 人命が最優先なのは宇宙航行上の規律だ。しかし、タケダは乗組員たちの表情を見た。皆、タケダと同じ迷いを湛えていた。


「行きましょう」


 誰からともなく、言った。


「ありがとう」


 ジェシーは言うと、パネルに触れた。


「結局、俺たちは宇宙の外へは出られないってことなのか」


 主の宇宙から切り離され『はればれ』は小宇宙、いや、宇宙のささくれと共に航行を続けた。


 それからまだ戻っていない。


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