たとえ姫様とて!
悪本不真面目(アクモトフマジメ)
第1話
私は姫様に呼ばれて、姫様の部屋へやって来た。すると姫様はベッドに座り、変わったお願い事をしてきました。
「爺や、引っ張ってもよろしいですか?」
この王国に務めてうん十年。姫様のおっしゃることはたとえどんな願いでも、それが無理難題であっても叶えて差し上げるのが私めの務めです。しかし、たとえ姫様とて!許すことはできませんでした。
「いえダメです、姫様!」
「何故です。いいではありませんか、ささくれを引っ張っるくらい!」
私の人差し指には太いささくれがピンとありました。それを姫様は引っ張りたいとおっしゃっている。さすがに痛いだろうし、自分ですら引っ張るのをためらうというのに、姫様は、もう今年で十七になるというのに、分からないのであろうか。医者もむやみに引っ張るものではないと言うであろう。実際は分からぬが。だって、ささくれぐらいで医者には行きません。確かにささくれはささくれぐらいとか、ささくれ如きとか軽いことではありますが、それは放置しての話であって、引っ張るなどというのは、慎重に繊細に行わなければならぬこと、それを姫様は好奇心という理由で引っ張りたいとおっしゃっている。その好奇心は何を求めているのか、引っ張るという目的だけなのか、その後の私の反応なのか、いずれにせよ悪魔的発想である。
「爺や、私はかさぶたを剥がそうとしているのではありません、ささくれです。」
「ですからご勘弁を。」
「何故です!私がユニコーンの角が欲しいと言えば蹄で踏まれた跡をつけても採ってきて、竜の髭が欲しいと言えば黒焦げになって採って来て、、魔王の寝顔の写真を撮って来てといったら邪悪な心に支配されそうになりながらも撮って来てくれた、あの勇敢でお人よしで私を甘やかしてくれる爺やはどこにいってしまったのです!」
姫様はお嘆きになられた。確かに私は姫様のためになんでもやった。本当に、女王陛下や騎士やメイドたちからですら止められるようなことも、私は姫様の頼みならとなんでもやる、お人よしではあります。しかし、こればかりは、こればかりは・・・・・・。
「そうだ!私が引っ張って、そのささくれを姫様にさしあげます。」
これなら私も何十年ぶりかにはなりますが、自分で引っ張るからまだ安心できる。ところが姫様は、生意気小娘とはこのことと言わんばかりに困った表情、いやあきれた表情で溜息を吐いたのです。
「はぁ~。あのさ爺や私の話を聞いていましたか?私は爺やのささくれを引っ張りたいと言ったのです。爺やのささくれが欲しい訳ではありません。爺やこんなこと言いたくないんですが、国語能力あるんですか?」
なんと生意気に育てしまったことか。私がわがままを言ったからなのか、ここは心を鬼にしても、言わねばならない。姫様のために生きていた私ですが、たまにはいいじゃないか、自分のために生きてもと今思う。
「ダメです姫様!そんな我ままを言うなら今日のおやつは抜きにします!」
さすがに強く言い過ぎたのかとは思いましたが、これくらい言わなければ姫様はダメだと私は判断しました。心を入れ替え「もう爺やのささくれを引っ張りたいと言いません。」と泣いて謝る姫様を私は想像した。ところが、私はやはり甘かった。仮にも一国の姫様、そんなことで狼狽えたり動揺するほど弱くはありませんでした。
「爺や、よくも言いましたね。人が下手に出てたら頭が高いですわ。いいですか、私が良からぬことをでっちあげれば、爺やはたちまち牢獄行きですわ。極刑ですわ。」
どこが下手に出ているのかはよく分かりませんでしたが、私は姫様というより女性が恐ろしいと感じました。しかし、私もここに永年務めているのです。女王陛下や城のものたちはすぐに誤解だと気づいてくれるはずです。
「甘いですね、姫様。私は姫様が生まれるずっと前からここに務めているのです。皆様方からの信頼は厚く、きっと誤解だとすぐ気づいてくれます。」
「甘いですわ、爺やは本当に甘いですわ!」
姫様は高笑いをした。私は自分が一回り小さくなるのを感じた。
「人の信頼を得るのを長い年月がそれなりに必要です。しかし人の信頼を地の底に落ちるのはものの数秒で出来るのですよ。そして人は他人が落ちることを常望んでいるのです。だから、よっぽどメリットでもないかぎり守ってなどくれません。爺や、自分の身は自分で守るしかないんですよ!!」
私は十七の娘に、四倍も年が離れてる娘に人生を諭された。信じたくはないが、実際そう思う事は多々ある。この間も有名劇作家が不倫をした時、しかも一夜だけの過ちだったのに、周りのみんなは彼を叩いて、今では活動が出来ない程追い込まれてしまっている状態。誰も守ってはくれなかった。あげくには大絶賛と言われた彼の劇も、批判の意見が広まっていった。恐ろしい、私もああなってしまうのか。今までの信頼や成果などがなかったかのように崩れ消えて落ちてしまうのか・・・・・・そんなの嫌だ。
「さ、分かったら私にささくれを引っ張らせなさい。」
「ご、ごめんなさい。こ、恐いんです・・・ぐすん。」
ああ、私はこの年になり泣いてしまった。大粒の涙を流し、みっともない。おねしょをして怒られた幼き頃の記憶が思い出される。あの時も泣いて謝った。姫様の方を見ると何故か姫様は微笑んでいた。満足そうな顔。
「分かりました。可愛かったので今日は許しましょう。」
「あ、ありがとうございます。」
腑には落ちなかったが、さかむけを姫様に引っ張られずにすんだからよしとしよう。姫様はスキップしながら部屋を出ていった。私は姫様の部屋に一人残り、姫様のベッドに普段ならしないのですが、泣き疲れたせいか座ってしまいました。そういえば、私は小さいころはよく自分のささくれを引っ張っていました。心が幼くなっているのでしょうか。私は懐かしく童心に帰る気持ちで人差し指の太いささくれを引っ張ろうとした。ですが幼い、無邪気なあの頃のように力いっぱい引っ張ってしまいました。
血が出て痛かった。しかし私はそれでも姫様に引っ張られなくてよかったと今でも思います。
たとえ姫様とて! 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615
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