【KAC20244】ささくれ。

雪の香り。

第1話 ささくれ。

ささくれが初めてできたのは、小学生の頃だった。

めざわりで強引にひっぱって取ったのだが、とても痛かった。


涙目になっていると、皿洗いを終えた母が「あらあら」とエプロンで手を拭きながら歩み寄ってきて、絆創膏を貼ってくれたのを覚えている。


そんな母も、中学二年生の時に病気で亡くなってしまった。


仕事で手一杯の父に代わり炊事洗濯などの家事を引き受けた私の手には、ささくれがよくできるようになった。


生前、母は冬になると私の手にやさしくハンドクリームを塗りこんでくれていたが、そういえば母自身の手はどうだったのか。


そんなことを考えながら夜、私は一人ささくれの根元を小さなはさみで切る。

軟膏を塗って絆創膏を貼り付けた。


私ももう社会人で、こんなことを思うのは甘ったれていると自覚しているが、絆創膏を貼ってくれたり、ハンドクリームを塗りこんだりしてくれていた母の手が恋しい。


どうにもならないことなのだが。

だからこそ思う。


私は長生きしようと。

決意を新たにしていると、玄関のかぎが開けられる音がした。


「ただいま」


外は寒かっただろうに、まるでそんなことを感じさせない笑顔で帰宅してきたのは、結婚して一年になる夫だ。

彼はダウンジャケットも脱がないまま。


「大丈夫? 体調悪いとかない? 吐き気は?」


なんて私の様子を聞いてくる。

私は苦笑して。


「大丈夫よ。私は丈夫な方だから」


そこは母と違うところだ。

我が母ながら美人薄命の言葉が似合う人だった。

そして残念なことに私は父親似の顔をしている。


「油断大敵だよ」


眉間にしわを寄せながら難しい顔をする彼に。


「なら、手洗いうがいして着替えてきて。外からの雑菌落としてから言いなさいな」


と告げると、彼は「そうだね」と素直にダウンジャケットを脱いでハンガーにかけたあと洗面所に向かう。


こういうとこをが好きなんだよなと口に出さずのろけたところで。


「あなたは私と彼、どちらに似るのかしらね」


まだ膨らんでいないお腹を撫でながら、私もこの子がささくれを作ったら、処理の仕方を教えてハンドクリームを塗ってあげようと思うのだった。




おわり

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