IN THE BOX
sorarion914
要冷蔵
「それはね、親不孝の証だよ」
私は自分の指先をじっと見つめた。
数日前から痛みを感じていたが、今朝、気づくと左手の人差し指に小さなささくれが出来ていた。
「これが親不孝の証なの?」
私がそう尋ねると、男は言った。
「迷信みたいなものだけどね」
「……」
私がじっと人差し指を見つめているので、男は少し不安げな顔をした。
会話の糸口のつもりで話した事を、私が深刻に受け止めているので心配になったのだろう。
ふいに「冗談だよ」と言って笑って見せた。
「昔は今と違って、食洗器や洗濯機なんてない時代だったから、水仕事は子供も手伝ってた。でもささくれが痛くて手伝えないから、それで親不孝なんて言われるようになったんだって」
「へぇ……」
「不健康の証でもあるから、それで親を心配させるから親不孝って意味合いもあるらしい――どっちにしても根拠なんてないよ」
けど――男はそう言って私の手を取ると、指先を優しく包み込むように握って言った。
「些細な傷だけど、悪化すると怖いからきちんとケアした方がいいよ」
私は男の目を黙って見つめた。
穏やかな眼差しが自分に向けられる。
握られた私の左手には、先程男から貰ったプロポーズの指輪が光っていた。
男の手の温もりを感じながら、私は小さく笑った。
この人は大丈夫だろうか?―――
私は自宅に戻り、キッチンにある冷蔵庫を見つめた。
一般家庭ではあまり見られないような、業務用の大きな冷蔵庫。
その前に佇み、私は自分の左手を見た。
小さなささくれが痛む。
気のせいか……今朝よりも、赤く腫れているように見えた。
それに、人差し指だけじゃなく他の指にも出来始めている。
「怒ってるの?」
私はそう言って冷蔵庫の扉を見つめた。
親不孝な娘だと、腹を立てているのだろうか?
痛みを与えることで、私を責めているのだろうか?
「そんなに怒らないで。ホラ、見て。今日ね、プロポーズされたのよ」
私は扉に向かって左手に光る指輪を見せた。
「明日、彼がうちに来るわ。ご挨拶しましょうね」
そう言って、私は扉を開けた。
「彼が受け入れてくれるといいけど……」
冷たい顔をした両親が、そんな私を見て嬉しそうに笑ったような気がした――
IN THE BOX sorarion914 @hi-rose
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