笹呉今昔物語(ささくれこんじゃくものがたり)
笹 慎
大熊猫曰く「笹をくれ」
こんにちは。桃太郎です。自己紹介は不要だと思います。あの鬼退治で有名な桃太郎です。もしご存知ない方も今でいう大谷翔平選手だと思っていただければ幸いです。
現在の僕のストーリー攻略地点をお伝えすると、鬼退治に向けて仲間を集めてる最中です。ぶっちゃけ「犬、猿、雉」では心許ないと思い、『桃水滸伝』を目指して梁山泊しに中国へ渡ってみました。
僕の物語の発祥は大体室町時代らしいので、この頃の中国は明王朝ですね。この時代に『水滸伝』は書かれたので、僕が『水滸伝』に憧れて訪中するのもおかしくないんです。
最初、動物商のオジサンに「虎がいいです! カッコイイやつ!」ってお願いして、みんなでアムール虎に会いに行ったんですよ。
でも、実際に彼と目があった瞬間、「あ、これ僕たち食べられるな」って思いました。きび団子とかミリも興味なさそうでしたね。特に雉くんとかヤバかったです。ずっと念仏唱えてましたから。きじ団子化、待ったなしでした。
その夜、宿で犬くんから「桃太郎がさ、ATK全振りのアタッカーがほしいのは重々承知なんだけど、
次の日、改めてオススメ猛獣を紹介してもらおうと、猿くんと動物商のオジサンに会いに行きました。
雉くんはアムール虎のショックで「宿から出たくない」といってベッドの上で震えていたので無理強いはしませんでした。犬くんが心配して「雉くんのそばにいる」というので、猿くんと僕と二人だけです。
「オジサン、山月記系はちょっと怖すぎて無理だったので、『気が優しくて力持ち、でも仲間が傷つけられると覚醒しそう』な少年漫画の主人公属性なのを紹介してください。覚醒時に毛の色とか黄金になると、より一層いいんですけど!」
「んー、そんなピンポイントな希望に応えられるのいたかなぁ。まぁカタログ探してみるわ。ちょっと待っててねぇ」
オジサンは頭を掻きながら、店の奥に消えていきました。オジサンの奥さんがお茶とお菓子を出してくれたので、猿くんと一緒にそれを食べてオジサンが戻ってくるのを待ちました。
「このお団子、美味しいですね。深い緑色ですが、ヨモギ餅とは味が違うようです」
僕が物珍しそうに食べていると、隣に座った猿くんは特に味わったりせずに丸飲みしていました。
「きび団子の時も思ったけど、ちゃんと噛まないと喉に詰まらせるよ」
そう注意すると、猿くんは「やれやれ」と肩をすくませました。やれやれは、こっちのセリフだよ!
そんな僕らを見て、オジサンの奥さんはクスクスと笑いました。オジサンの奥さんは「オバサン」と言っては失礼なくらい若くて可愛かったので、僕は恥ずかしかったです。
そうこうしているうちに、ようやくオジサンが戻ってきました。カタログの絵を見せてくれます。
「これ、ちょっと希望とは違うんだけど、熊の一種なのに竹や笹しか食べないんだよね。だから、君達が食べられちゃう心配はないと思うよ」
熊ってことは強いんだろうけど、オジサンが指さした絵の動物は、白黒のポップな模様がついてて、あんまり強そうには見えませんでした。僕が渋っていると、猿くんから耳打ちしてきます。
「おい、桃太郎。物は考えようだぜ? こういうのは抑止力なんだよ。『熊が仲間にいる』って事実が大事なんだ。どんな熊かはこの際、関係がない。これで鬼も迂闊に俺たちに手が出せなくなる」
猿くんは文字通りとても猿知恵が働くので、そう言われると「そうかもしれない」と僕も思えてきました。
「じゃあ、この
僕がそう言うと、オジサンから「そりゃ、『パンダ』って読むんだよ」って言われて、キラキラネームすぎる! と僕は憤りを覚えました。
さて、それから僕と猿くんは、オジサンに連れられて街はずれにあるオジサンの動物舎へと向かいました。昨日のアムール虎の檻は動物舎の薄暗い奥の奥でしたが、パンダくんの檻は日当たりの良い場所でした。
「彼がパンダくん……」
動物舎の中でも一際大きな檻の中で、彼は足をおっぴろげて、どてんと座っていました。
しかしながら、パンダくんは僕たちが檻の前に来ても我関せずで、ずっとムシャムシャと右手に笹の枝。そして左手に竹の枝を持って交互に齧っています。それでも僕はめげることなく声をかけました。
「僕は桃太郎です。ねぇ、パンダくん! 僕の仲間になってくれないかな? 報酬は祖母の自慢のきび団子になるんだけど」
パンダくんは食べる手を止めると、口を開けたまま首を傾げます。
「おうおうおう。無視か、このやろう」
猿くんは時々ガラが悪くなるのです。北野武映画に出てきそう。しばしば寺島進が憑依する体質なのです。
「……ボク……」
パンダくんはゆっくりと口を動かしました。
「きび……だんご……より……」
そこまで言って、パンダくんはコテンと横になったので、つられて僕まで首を横にかしげてしまいました。彼はゴロン、ゴロンと転がり、最後は檻の柵にぶつかって止まりました。
「……笹……だんご……が……いいなぁ」
……え。やだ。なにこの生物……。キャワ……。
仰向けで転がったまま、上目遣いでおねだりするパンダくんはとてつもなく可愛い……。
「ああ? ワガママ言うんじゃねぇぞ。大体、『ささだんご』ってなんだよ、このやろう」
僕がパンダくんのあまりの可愛さにハワハワしているのに、猿くんは空気を読まずに悪態を吐いたので、猿くんの口を僕は慌てて塞ぎました。
「パンダくん、猿くんのことは気にしないで! 『ささだんご』だね! すぐに探してくるから!!」
そして、オジサンに「『ささだんご』ってなんですか」とたずねます。オジサンは懐から笹の葉っぱにくるまれたものを取り出しました。
「さっき店でお茶請けで出しただろう。これが笹団子だよ」
「それをよこせぇええええ!!」
可愛いパンダくんをすぐにでも仲間にしたかった僕は、オジサンの手から笹団子を奪いました。そのせいでオジサンは尻餅をついてしまいましたが、僕は気にしません。
「笹団子だよ! これでパンダくん、仲間になってくれるよね? ねぇ!?」
笹団子を彼に渡そうと、檻に手を入れ仲間になってくれるように再度頼みます。でも僕の勢いにびっくりしてしまったのか、パンダくんは怯えて、ふるふると震えながら、檻の奥へと逃げてしまう。
「もも……たろう……くん。……こわ」
パンダくんは瞳をウルウルさせて、そう言います。……震えてる姿も可愛い。独り占めしたい!!
「ウケんだけど、桃太郎フラれてんじゃん」
「黙れぇええ!! このエテ公がぁああああ!!」
空気も読まずに囃し立てる猿の頭を俺は殴りつけた。もうパンダくん以外どうでもいい!
「もぉーーーっう! 鬼退治はやめだッ!」
頭に巻いた桃が描かれたハチマキを取ると、地面に叩きつける。
「俺はパンダくんとこれからの人生を過ごすッ!」
鍵を刀で叩き壊すと、檻の中に入りパンダくんのそばに片膝をついた。俺は内から溢れ出る感情を言葉にする。
「パンダくん、性別も……いや……種族さえ違うけど、俺と一生……一緒にいてくれないか!!」
パンダくんはとても驚いた顔で、口をしばらくポカーンとしていたが(なんて愛らしいんだ!)やがて、ゆっくりと首を傾げた。
「え……え……いっしょう? うーん……笹くれるならいいよ……?」
俺の名は桃太郎。愛するパンダくんへ、笹を届けるためだけに存在せし者。
この明の地で、彼を幸せにすることをこの命にかけて誓う。
(了)
笹呉今昔物語(ささくれこんじゃくものがたり) 笹 慎 @sasa_makoto_2022
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