【KAC20244】剥離

雪月

剥離

 人指し指の先に“ささくれ”ができていた。

 乾燥した皮膚が僅かにめくり上がり立ち上がっている。

 思わずピッとつまんで、めくり上がった皮膚をちぎりとった。

 少し血が滲むが大したことはないと特に処置はしなかった。


 安アパートでの貧乏暮らしの1人暮らしだ。

 食器洗い機のような上等な物は無く、冬の冷たい水でも泡まみれのスポンジでせっせと皿を手洗いしているものだから、手荒れなんかはしょっちゅうのことであった。



 次の日、反対の手の人指し指にもささくれが出来ていた。

 まためくれた皮膚をちぎりとった。


 次の日、すべての指にささくれが出来ていた。

 まためくれた皮膚をちぎりとった。


 日が経つにつれささくれは増えていき、気づけば全身がささくれていた。

 ささくれ達はペリペリとひとりでに剥離していく。

 もう手は骨まで剥離していった。

 身体はもはや自分のものでは無く、ささくれに乗っ取られているようだ。


 いや、原因はなんとなくわかっていた。

 度重なる長時間労働に睡眠不足、度数の高い安酒とインスタント食品の生活に、身体中の細胞のほうが嫌気がさして逃げ出しているのだ。


 こんなことなら、もっと身体をいたわっておくのだったな。


 ▽


 単細胞化剥離症候群。

 主に肉体的及び精神的ストレスに起因して起こるその病は、過度のささくれが初期症状として顕れる。

 細胞の一つ一つが単細胞生物のような挙動を示し始め、まるで身体から逃げ出すように剥離し始める。

 さながらそれは嵐から逃げ出す虫やネズミの如く劇的に進行し、発症から3日程で罹患者は体の自由を喪失し一週間程で“見かけ上”消失する。


 しかし、剥離した細胞達は生きており再結集した後、多様な形態をとり始める。


 ある貧困国での多数の行方不明者と爆発的な“野良猫”の増加からこの病は存在を確認された。


 その異常から捕獲された野良猫のDNA検査を行ったところ、多数の人間のDNAが検出され、それは行方不明者の一部と同一のモノであったという。


イメージ画像『剥離』

https://kakuyomu.jp/users/Yutuki4324/news/16818093073507724716



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