更衣室

倉沢トモエ

更衣室

 薄暗い更衣室に、急ぎ足で中原さんが入って来た。


「指先がささくれていたのは気付いていたんですけれど、それにかまけていたら電車に遅れそうだったものですから」


 なんとなく泣きそうになっているのを隠すように笑っている。

 おろしたてのストッキングだった、らしい。今朝この更衣室で履いて、部署にいってみるともう伝線していた、と。


「一瞬で時給の大半が飛んだんですよ」


 時給いくらなんだろう。

 それを派遣の人には聞いてはいけないと言われてた。


「でも、まだ間に合う時間だからよかったね」

「ええ。幸い。

 じゃあお大事に。失礼します」


 中原さんは、破れたほうのストッキングをくるくる巻いてビニール袋に詰めて、ごみ箱に放りこむ。

 また急ぎ足で部署に戻っていった。


 休職者が増え、会社は派遣さんを入れることで対応していた。最初は仕事の引き継ぎがうまくいかず派遣さんにも迷惑をかけたなあ。

 八木沼さんが体調を崩して、三カ月の休職となり、中原さんが入った。

 ところが三カ月では八木沼さんは復帰できず、そのまま中原さんに延長をお願いした。仕事の覚えがものすごく速くて正確だった。今月で半年目になるのか。


 そういえば残業が四十五時間超えて、産業医面接の対象になる人を割り出しているのは中原さんだっけ。一昨日その対象に私がなっていると伝えてきたのは課長だっけ。百時間超えてたのが何カ月続いたっけ。昨日帰宅したのは何時だっけ。今朝はこうして出勤した途端に倒れてしまった。初めてだなここまでのは。


 更衣室の奥は畳が敷かれた休憩室になっていて、私はそこに座布団並べて横になってる。戻るにはもう少しかかりそうな気がする。中原さんに昨日お任せした件は、多分午前中には仕上がっているんだろうな。それまでくらいには戻りたいな。

 このまま私が倒れたら、別の派遣さんが入るのかな。中原さん来週で契約終わりだけど。めまいがするのにこんなこと考えちゃいけないか。あははどうなるのかな。

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更衣室 倉沢トモエ @kisaragi_01

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