【あとがきと称する蛇足】
さて、ワタクシ土岐三郎頼芸によるこの物語はフィクションである。だが、説話集『宇治拾遺物語』(成立は1213〜1219年頃)にこの物語の元となった『藤大納言忠家物言ふ女放屁の事 』という極めて短い話が実在している。タイトルそのままのこんなくだらない話を日本人は八百年伝えてきたのだ。機会があればぜひご覧いただきたい。
これによれば藤原忠家はことに及ぼうとした女官に放屁された、ただそれだけで全てが嫌になり出家をしようと固く決意している。10代とは言えいくらなんでもこれは
ところがほんの数秒ほどで固いはずの決意を撤回している。軽い! あまりにも軽いぞ、藤原忠家! なんたるテキトー! 仏道に進む決意はどうした!
平安時代の上位貴族の跡取りが出家するだなんて
藤原長家にとってはとても呑める話ではない。だから言葉を尽くして、場合によっては肉体言語も駆使して、息子である忠家を翻意させることに成功したのではないかと思う。もっとも忠家はそのときの自分の未熟さを恥じ、父親の説得の部分は伏せて、自分一人の考えで出家を撤回したようにちょっとだけカッコつけて吹聴したのではないかと思う。
そのとき歴史が動いた!
え? いやいや藤原忠家だなんて歴史上あまりにマイナーな人物では? そう思ったアナタは正しい。だがちょっと待って欲しい。
『新古今和歌集』の編者藤原定家。豊臣秀吉を支えた桃山時代の大名の加藤清正。そして江戸時代に豪商となって三井財閥の基礎を作った三井高利(たかとし)。
文武商のこの
実はこの三人ともが藤原忠家の子孫なのだ。
もし、藤原忠家が「女官放屁事件」で子を為さないで出家していたら、日本の歴史は大きく変わっていたのだ!
特に三井グループは存在すらできなかったのだ。
たかがおなら、されどおなら。
一女性の放屁一発で日本の歴史はここまで大きく変わった可能性があった。
我々は誰も知らない日本の歴史の影に、藤原長家のスーパーセーブがあった可能性を覚えておこう。
ええ? 例の女官がその後どうなったかって? 案外ケロッとしてたんじゃないのかな。何かあれば話に残りそうなものだ。原典ではこう書かれている。
「女房はいかがなりけん。知らずとか」
芥川龍之介ならこう訳すだろうか。
「女官のその後は、誰も知らない」
それではみなさん、さよおなら。
<(_ _)>
藤原忠家の憂鬱〜とある古典の舞台裏〜 土岐三郎頼芸(ときさぶろうよりのり) @TokiYorinori
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