【KAC20243】大事な物が入っている箱
こなひじきβ
大事な物が入っている箱
とある世界に住む配達人の二人は、今日も依頼通りに荷物の配達を行っている。通常ならただ運ぶだけで終わる日々なのだが、時折妙な注意書きがなされた箱を見かける事があるのだ。
『大事なものが入ってます!』
二人が怪訝そうに見つめる段ボール箱には、上面からはみ出しそうな勢いで文字がデカデカとマジックで書かれていた。配達先などの必要な情報がこの文字に潰されていなくて一安心しつつ、
「宗助先輩。この箱、何すか?」
「さーな。書いてある通り大事なものが入ってんだろ」
「いや、それはそうなんすけど……」
佐江はそれじゃ納得できないと口を尖らせる。もちろん宗助も同じく箱の中身は全く知らないので、表の注意書き以上の情報は持ち合わせていない。配達人は基本的に配達中の箱を勝手に開けたりすることは禁止されている。しかしどういった類の物か位は知っておかないと業務に支障が出てしまうのだ。佐江が軽くため息をつく。
「せめてどういうものが入ってるのか描いてもらわないと、扱いに困るんすよー」
「まあ、どうせ今日中に送るもんなんだしとりあえず慎重に運んどけば大丈夫だろ」
「……ナマモノでないことを祈っとくっすかねー」
「んなもん段ボールに入れんだろ」
宗助は呆れた目を佐江に向けながら答えた。佐江は箱の事を深く考えるのを止めたようで、やれやれと体のストレッチを始めた。宗助もそれに倣ってストレッチを始めるが、箱への疑念は収まらず自分の考えを口にし始めた。
「しっかしわざわざご丁寧に注意書きをしちまうなんて、盗んでくださいって言ってるようなもんだろこれは」
「盛大なフリっすよね、これ。先輩なら大事なものを送りたい時はどうするんすか?」
「俺か? そうだな……」
箱の話から少し離れた雑談が始まった。宗助は自分が大事なものを送るとしたらどうするのか、自分がそうする可能性のある物を思い浮かべて、やや目を細めながら話した。
「俺なら敢えて小さいものを大きい箱に入れて送るかな」
「え? わざわざ送料を増やして送るんすか?」
「ああ。仮に盗まれそうになっても、箱の軽さから価値が無いと思わせる事が出来るからだ」
「相変わらず捻くれてるっすねー……」
宗助は配達中に誰かに盗まれるかもしれないという想定をしたのである。目の前にある箱の注意書きを見たせいか、窃盗への対策が最初の発想にきてしまった。嘲笑気味の佐江の顔を見てちょっとムカッと来た宗助は、質問を佐江に返す。
「そういうお前はどうなんだ?」
「私は家の金庫以外に大事なものが無いんで誰にも送らないっす! 仮に送るとしても重すぎて絶対に持ち上がんないし誰にもあげないっすよ!」
「お前も大概捻くれてんな……」
宗助と佐江は今の仕事で数年の付き合いになるのだが、お互いの事情はほとんど知らない。だからと言って別に干渉しあうようなこともしない。送る相手がいないという事を聞いても宗助が何か口を出すようなこともしないのである。
「ちなみに先輩は何を送るんすかー?」
「……なんでもいいだろ」
「ちぇー、私は言ったのにー」
宗助が思い浮かべたのは……手紙。それも遺書である。もしも自分の身に何かあった時、大事な一人娘を残して亡き妻の元へと旅立ってしまうこととなったら、娘に何も残せずに彼女を悲しませてしまう。自分が彼女に残してあげられるものという点において、彼にとっては大事なものと言えるだろう。
雑談は終わり、二人はトラックに積み込む作業を開始する。特別意識していた訳では無かったが特別な注意書きがされている例の箱はそれとなく積み込むのが後回しになっていた。そして積み込む最後のひと箱となる。
「……なんとなく残しちまってたが、今日の分はこの箱で最後だな」
「はいっすー……って重っっ! 先輩! この箱重すぎて上がんないっすよ!」
「はぁ? そんなに大きく無いだろ」
「いいから! 先輩も持ってみるっす!」
「しゃーねーな、ほらよ」
佐江が腰を据えて両手で思い切り力んでも持ち上がらなかった箱を、宗助は腰を下ろさず力もほとんど入れずに肩の辺りまで持ち上げてしまった。佐江は驚いて目を見張り、立ち上がって一歩後ずさった。
「えっ!? そんないとも簡単に!?」
「いやいや、全然片手でも余裕だぞ」
そう言いながら宗助は利き手でない左の肩に担いで見せる。そこまでしても涼しげな顔をしているため無理をしている様子もない。えぇー、と声を上げた佐江は未だに状況が理解できていない。
「……先輩ってそんなに馬鹿力キャラだったんすか?」
「ちげーよ。お前サボりたいならもうちょいマシな嘘をだな……」
「違うっすよ! ほんとに全然ビクともしなかったんすよー!」
「はー……?」
彼は改めて箱を持ち上げ、少しだけ左右に振ってみる。すると中から段ボールと厚紙がぶつかるようなコツコツ、という音がした。中身は恐らく良い質の紙で書かれた手紙のようなものだろう。先程の後輩との会話で俺が思い浮かべた大事なものを送るときのやり方と同じ構造になっているようだ。なんだ、俺と同じ考えのやつがいるのかなどと考えていると、後輩の顔からは血の気がどんどん引いていた。
「えぇー……、これから先輩の事は配達ゴリラって呼ぶことにするっす」
「おいやめろ、何でこんな軽い箱一個でそこまで言われにゃならんのだ」
「だってその箱、家にある金庫と同じぐらい重かったんすもーん……しかも金属の様なヒンヤリ度合いもめっちゃ似てましたしー、中身金庫じゃないっすか、それ?」
「は? これ中身手紙だぞ?」
「……え、本気で言ってるんすか? 絶対金庫ですってそれ」
佐江の目をじっと見ると、嘘をついているようには見えなかった。中身は間違いなく金庫であるとそう訴えているのだ。しかし今も抱えている箱には重さも冷たさも全く感じない。以前手紙が入っているようにしか感じないのである。
「……どういうことだ? ちょっともっかい試しに持ってみろよ」
「あぁー! 手渡しされたら潰されるっす! そこに置いてくださいっす!」
「お、おう……」
佐江が手渡しされることを拒絶したため、宗助は不可解に思いながらも佐江の前に箱を置いた。佐江は全身で深呼吸をしてから、意を決して箱を持ち上げようとして……やはり上がらなかった。
「んぎぎぎぎ……、はぁーっ! ほんっとに上がんないっすよこれー!」
「お前そんなに運びたく無いのかよ、演技が迫真すぎて引いてきたわ」
「だから私からしたら先輩がおかしいんすよー!」
結局お互いの意見はすれ違ったままで、解せぬままに話は終わった。佐江が持てないからという事で宗助が箱を積み込む事で事なきを得た。
配達員の仕事は、依頼された荷物を指定された宛先に届けることである。しかし特定の人物が初めから終わりまで持っていくという訳ではなく、配達元から宛先の地区にある支部にまで持っていく担当と支部から宛先まで持っていく担当が分けられているのである。宗助と佐江の役割は前者なので、目的地である支部に到着した二人は支部の受け付けである秋蔵に荷物を受け渡すのである。
「はい、こちらでお預かりしますね。……これは、中々に重いですね」
「あんたまでそれが重いって言うのかよ……?」
「ほらーやっぱり重いんすよあれ! え、でも腰の位置まで持ち上げられてるって実はあの人も見た目に反したゴリ――」
「それ以上言うなよ?」
秋蔵は中肉中背で腕っぷしが特別あるという感じではない。そんな秋蔵は例の箱を持つと、重さに対して宗助と佐江の中間ぐらいの反応を示したのである。二人の疑問は膨らむばかりだった。
二人が首を傾げて思案していると、秋蔵が箱を見てどこか懐かしそうにしているような表情を浮かべていた。宗助は彼の様子に気づいて、どうしてなのかを尋ねた。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ……この荷物、あの時を思い出すなと思いまして」
「あの時?」
私事なのですが、と前置きをした後に秋蔵は語り始めた。
「僕、実は数年前に訳合って子持ちだった女性と結婚したんです。その時に義理の息子とどう接したらよいのかと迷っていたんです。そこで彼と仲良くなるために送ったのが、丁度この質感で、このくらいの重さのおもちゃセットだったんですよ」
「お、おもちゃセット?」
「ええ、おかげで今もたまにお出かけする位に仲良くなれたんです」
「へ、へえー……?」
秋蔵は簡潔に説明をしたが、そこには計り知れない試行錯誤があったのだろう。箱を持つ手の力が強まった事からわかる。しかし彼の正面で聞いていた当の二人は、彼の事情については全く意識が向いていなかった。宗助と佐江は箱の中身がおもちゃセットだという言葉が引っかかって仕方がなかったのである。
「だから、この注意書き通りこれは大事なもの、なのかもしれないですね」
しみじみと思い出に浸る秋蔵の安らかな顔を見て、二人は口を挟むのを止めた。箱の中身はおもちゃセットでは無いだろうと言いそうになっていたのだが、それを言うのはあまりにも無粋だと感じてしまったからである。その状態のまま数分が経った頃に、秋蔵は我に返り失礼しましたと会釈してから仕事の顔に戻った。
「では、責任を持ってこちらで送っておきますので」
「あ、あぁ……頼む」
「……」
大事そうに箱を抱えて、秋蔵は背中を向けて受付の奥に消えていった。誰も居なくなった受付をしばらくボーっと見つめた後、二人はゆっくりとトラックの方に戻っていく。
「何だったんすかねー、あの箱」
「さあな。規約で配達人が中身を空けるのはタブーだし、大事なものとしかわかんなかったな」
「えー……、何かモヤモヤするっすよー……」
大事な物とは人それぞれであり、形や質、重さ等も多種多様だ。他の人にとってはそう思えなくても、大事な物という物は大切に扱わなければならないのである。
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