陰陽師をプロデュース。ツー

奈月沙耶

 ごくごく人並みな家庭に生まれ、ごくごく人並みな幼少時代を過ごした俺は、人並みな子どもらしくヒーローに憧れた。

 長じて勉強は人並みにできるが運動能力は人並みでなかった俺は、やがて武闘派よりもサイキックでスピリチュアルなヒーローに傾倒するようになった。

 やがてやがて俺はあのヒーローと巡り合う。

 陰陽師。

 和風な衣装をひるがえして呪文を唱え、式神を従え怪異と戦う。

 めちゃカッコいい。


「どーかな、安藤くん。じーちゃんの一張羅を借りてきたけど」

「いいよ、いいよ! 桐嶋くん!! カッコいいよ!!」

 にぱっと照れ笑いする桐嶋くん。

「表情緩みすぎ! もっと引き締めて!」

 容赦なくダメだしすると、桐嶋くんはキリっと顔を引き締め直す。うおおおお、カッコいい!

 なんということはない、桐嶋くんはツラは良いから改造はカンタンなのだ。

 陰陽師オタクな俺が出会うべくして出会った、現代の陰陽師(占い師に毛が生えたようなものらしいけど)の孫! 桐嶋隼人くん。

 明るい色の頭髪とネオンカラーのダウンジャケットがトレードマークの桐嶋くんが、今は髪を黒くして白い水干を纏っている。これぞ陰陽師! 立烏帽子もばっちりだ!

 お願いを聞いてもらうために桐嶋くんの好物の肉まんを貢ぎ続け、毎朝モーニングコールをし、課題のレポートを手伝い、仲良くなりたいんだとアピールし尽くした甲斐があった。

「黙って持ち出したから汚さないようにしないと。もう脱いでいい?」

「何言ってんの桐嶋くん! 今夜はこれでバイトしてよ!」

 闇夜にひるがえる白い衣装、カッコいい!

「動きにくいし……」

「動かなくていいんだよ! 君は気合で祓えるのだろ」

「やー、でもなぁ……」

「九字を覚えただろう、今度はバッチリ頼むよ」

「うーん、自信がないけど」

 ぽりぽり頬をかく桐嶋くん。

「顔!」

 びしっと指摘する。桐嶋くんはキリっと凛々しい顔になって、

「やってみるよ」

 白木の小箱と向き合った。

 何を隠そうこの小箱、何やら怪異の源らしいと噂になっているシロモノだった。

 場所はとある河川敷の橋脚の陰、いかにもあやしくおどろおどろしい。この箱のせいで、この橋では事故が多発し……なんて事件はないそうだが、いかにもアヤシイ。

 きっとナニカが封じられているのに違いない!

 桐嶋くんが剣印を結ぶ。

 この数日間、傍らで「臨・兵・闘・者……」と唱え続けて、死ぬ気で九字を覚えてもらった。今度こそ、陰陽師らしいところを見せてもらえるはず。

 わくわくと俺も剣印を結ぶ。

 すうっと桐嶋くんが息を吸う。かっと目を見開き、そして叫んだ。

「三角形が直角だからなんだって? 知らなくたって生きて行けるぜ! サインコサインタンジェント!!」

 勢いのまま袖をひるがえして拳を上げ、だああああん!っと白木の箱を叩き潰した。

 箱はざっと灰になって崩れ、その灰も闇に溶け込むようにして消えた。

「ええええええ……」

 九字じゃないし、結局物理だし。

 へなへなと膝をついた俺は、どうにかこうにか声を絞り出す。

「なんで、なんで、潰すとか……そんなことして、悪いモノが飛び出ちゃったりしたりとか、そういうの……」

「ええ? なに言ってんの? 安藤くん」

 桐嶋くんはにかっと明るく笑った。

「ナカミなんて開けてみなけりゃわかんないじゃん。わかんないならナイのと一緒じゃん」

 脳筋キャラなくせに哲学的なセリフを吐くな。

「あーやっぱり動きにくい。ごめん、もう限界」

 バサッと霧島くんは水干を脱ぎ捨てる。ネオンカラーのダウンジャケットに細身のジーンズっていう服装に、どういうわけか、髪色まで真っ赤と茶色の間に戻っている。

「ほらほら立って。コンビニで肉まん食べよ。今日は俺が奢ってあげる」

「俺は諦めない……」

「へ?」

 きょとんと眼を丸くしている本人そっちのけで俺は満月に再び誓う。

 陰陽師をプロデュースだ!

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陰陽師をプロデュース。ツー 奈月沙耶 @chibi915

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