第5話

「やめろ……」

「どうして? 僕、今、言ったよね? 標本作りより面白いことを見つけたんだって」


 それが殺人、か。

 雄介ゆうすけは不敵な笑みを浮かべる斗真とうまを見て、後悔した。ここに来たこともそうだが、ぎりぎり人としての精神を保っていたであろう斗真を、狂気に駆り立てる一言を放ってしまったことを――。


 昆虫標本の前で「勝手に線引きするなよ」と言った手前、このセリフを言うことに躊躇したが、斗真が凶器を頭上に振り上げた時、雄介は渾身の力で叫んだのだった。


「人としての線引きをしろよっ!」


 だが、その言葉が斗真の耳に届くことはなかった。



 雄介は血しぶきで視界がぼやける中、そういえば昔から映画でも小説でも、標本とホラーは相性が良かったな、今度は俺が標本箱の中に入る番か、などと考えていたのだった。



          〈了〉

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標本箱の中の美しき蝶 佐藤 楓 @erdbeere2023

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