椋箱十のこと

@2321umoyukaku_2319

第1話

 その名前を綴るとき、私の心は童心に帰る。子供時代の私にとって彼の書物を読むことは宝物のいっぱい詰まった宝箱を開けて見るようなものだったと言って差し支えない。私は生き物が大好きな子供だったので、その著作を読むのも大好きだったのだ。色々な動物たち登場する彼の著書は紙で作られた持ち運びのできる動物園みたいなものだった。家の中はもちろん、外出する時も持って歩いた。トイレで用を足す間とか、外食で注文した料理が出てくるまで、その本を読んでいるのだ(食事中は読まない。無作法だし、食べ物を落として大事な本を汚すわけにはいかないからだ)。

 自分はどんな本を読んでいたかな……と著者の作品目録を見ながら考える。たくさんの書名が並んでいて、見覚えのあるものもあれば、ないものもあり、特定は難しかった。愛読していたのに、意外と思い出せないものだ。内容は覚えているのだがなあ、と首を傾げてしまった。

 ショッキングな内容だったので強く覚えているのは毒蛇の話だ。当時の私は蛇を見たことがなかった。大きなミミズみたいな生き物がいて、そいつには毒があり、噛まれると死ぬことがある……なんじゃあ、その怖い動物は! と震え上がったものだ。おかげで、それまではミミズを普通に触れていたのに、しばらくの間は怖くて触れなくなった。ミミズにも毒があるかもしれないと警戒したためである。不用意につかんだら、口がカパッと開いてガブリと噛みつくんじゃないか? と怯えたのだ。その後も、にょろにょろした物体を見るとドキッとするのが続いている。普段の生活の中で蛇を実際に見たことは一度もないというのに。『箱の中身はなんじゃろな』ゲームも怖い。毒蛇が箱に潜んでいたら! と思うと駄目。箱に手を入れられない。

 動物の優れた能力を説明する話は勉強になった。動物の帰巣本能とか犬の嗅覚とか高いところから落ちた猫は一回転して着地するといった様々な知識を学んだのだ。生まれた川に鮭が戻ってくる話も不思議だった。川の水にも違いがあるのか、と今なお疑問に思う。帰ってきた鮭に尋ねるわけにもいかないし、現在も謎のままだ。

 他には、鳩の話も好きだった。近所に鳩を飼っている鳩舎があって、そこから朝夕に鳩が何十羽もバタバタ空へ羽ばたいていた。詳しいことは知らないが、あれはレース用の鳩だったに違いない。少なくとも子供の頃の私は、そう思っていた。空へ飛び立つ鳩の姿はカッコ良くて、凄く好きだった。

 とりとめのない思い出話で恐縮だが、どうか許してもらいたい。『カクヨム誕生祭2024 ~8th Anniversary~』3回目のお題「箱」だと知って、どうしても書きたくなったのだ。

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