不合格の私を婚約者にしなさい、逃がしませんよ
uribou
第1話
称号とは神から賜る恩寵だ。
一〇人に一人くらいの割合で授けられる、ちょっとした特典と思えばいい。
今日オレ達は、とある称号を持つ令嬢を探すために面接をしていた。
「シェイラ・ダイナスト・ゴドウィンと申します。よろしくお願いいたします」
目の前の躍動的な少女は見事なカーテシーを披露した。
しかし残念ながら目的の称号の持ち主ではない。
オレは即座に不合格としたが、隣に座るブランドン王太子殿下は少女の瑞々しい可憐さに興味を持ったようだ。
余計なことはやめてくれないものか。
まだ候補者はたくさんいるのに。
「ゴドウィンと言うと、ゴドウィン伯爵家の令嬢?」
「はい。当代の次男の娘です」
オレは思わず舌打ちしてしまった。
殿下がしていることは意味のないことなのに。
まあ宮仕えの身、多少は殿下の我が儘に従うのも仕方ないか。
「ダイナストの証として何を披露できる?」
「私は魔法が使えます」
「「ほう?」」
魔法は体内に存在するマナを操り様々な現象を起こすという、かなり特殊な技術だ。
これはオレも興味あるな。
殿下が言う。
「簡単なものでいい、見せてくれるかな?」
「はい、では重力を制御した浮遊魔法を」
「おお、素晴らしい!」
少女がフワリと浮き上がる。
ふむ、下手な魔法だとざわついたような感覚があるものだ。
そうした感じがしないのは、マナが非常に安定しているからだろう。
大した技量だな。
「続いて水鏡の魔法を」
「「えっ?」」
土属性の重力魔法を制御しながら、水属性の魔法を発動?
水鏡の魔法による少女の分身を見せつけられ、その技量に驚愕する。
これほどの魔法の使い手がいるなんて聞いたことがないぞ。
不合格者なのに思わず聞いてしまった。
「シェイラ嬢はいくつの属性を扱えるんだ?」
「七属性全て扱えます」
地・水・火・風・雷・聖・闇の七属性全てを?
本当なら賢者クラスじゃないか。
「シェイラ嬢のような出色の魔法の使い手がいるとは聞いたことがなかったが」
「あの、お父様がブランドン王太子殿下にお披露目する日まで内緒にしておけ、と言っておりましたので……」
なるほど、ゴドウィン伯爵家の策略か。
シェイラ嬢が『覇王の眷属』の称号持ちでないと知りながら、その可憐さと卓絶した魔法の才能で王太子妃として送り込めるかもと考えた。
仮に王太子妃になれなくとも、これほどの才能を初披露したのが王家にとあれば覚えがよくなる。
シェイラ嬢の未来も明るくなるだろうと。
「退出してよろしい。結果は伯爵邸の方へ通知させていただく」
「ありがとうございます。失礼したします」
◇
「ねえ、モーガン。僕の婚約者はシェイラ嬢でよくないかい?」
「ダメです」
ブランドン王太子殿下がそう我が儘を言い出すのはわかっていた。
随分シェイラ・ダイナスト・ゴドウィン伯爵令嬢に興味を持っていたみたいだからな。
今日行ったのは、殿下の婚約者を選ぶ面接には違いない。
ただし殿下の婚約者たるには条件がある。
『覇王の眷属』の称号持ちであることだ。
『覇王の眷属』とは何か?
我がアルトゥム王国は神の助けを借りた覇王が建国したという伝説がある。
そのため国王もしくはその配偶者が『覇王の眷属』でなければならぬという不文律があるのだ。
古くは王家には必ず『覇王の眷属』が出現したものらしいが、近年では開祖の覇王から血が遠くなったためかなかなか現れない。
もっとも称号を見分ける手段となると難しいから、本当に『覇王の眷属』だったかは何とも言えないが。
……一説には怠惰な王家を神が見放したからなんてことも言われている。
今上陛下の王子王女にも『覇王の眷属』はいないため、第一王子ブランドン殿下を王太子と定め、配偶者に『覇王の眷属』を得ようとしているのだ。
『覇王の眷属』は必ずしも王家の血筋とは関係ない。
また称号の中では珍しいものではない。
ただし『覇王の眷属』は数ある称号の中でも、優れた能力を併せ持つものとされているので、憧れている者も多い。
かく言うオレ、モーガン・ダイナスト・キプリングも、下級貴族の出ながら『覇王の眷属』の称号持ちだ。
持つ異能は他者の称号を把握できるという、大したことのないものだが。
称号はオレのような例外を除いて、自分でしかわからないというところに問題がある。
通常は成長とともに神を意識すると、称号持ちであることを自覚するものだ。
しかし思い込みが激しく、称号など持たないのにそうと勘違いするケースも少なくないと聞く。
『覇王の眷属』持ちは必ずミドルネームを『ダイナスト』とするが、ミドルネームが『ダイナスト』であるからといって『覇王の眷属』であるわけではない。
古の覇王にあやかって『ダイナスト』の名を付ける者が多いためだ。
むしろ九九%がそうした者と言っていい。
「シェイラ嬢は残念ながら『覇王の眷属』ではありませんから」
「本当なのかい? あれほどの魔法の使い手だよ?」
「間違いありません。お疑いなら判別の魔道具をお使いになってみるがよろしい」
近年『覇王の眷属』を選別することのできる魔道具が開発されたのだ。
相対的にオレの価値は激減した。
判別の魔道具の発明以前は、真の『覇王の眷属』を選んで娶ることが困難だった。
『ダイナスト』のミドルネームを持つ者の中から、優れた令嬢を妃として迎えていたのが現実だったのだ。
おそらくだが、『覇王の眷属』ではない者もいたと思う。
優れた力を持っているのなら、『覇王の眷属』に拘る方がおかしいのかもしれない。
しかしシェイラ嬢はダメだ。
彼女は『覇王の眷属』ではないが、称号持ちなのだ。
彼女の称号は危険だ。
ゴドウィン伯爵家は何らかの手段でシェイラ嬢の称号を知って送り込んできたのか、あるいはあの称号なら判別の魔道具が誤作動を起こしていることもあり得る。
だからこそもう一度判別の魔道具を使うべきなのだが……。
「モーガンが言うなら諦めるか」
あれ? ブランドン殿下にしては随分簡単に諦めたな。
しつこい方なのに。
いや、まあ伯爵令嬢ではブランドン殿下のお相手としては少々身分が足りない。
オレが『覇王の眷属』ではないと断言しているのだから、拘るのもおかしいか。
「それがようございます。ただシェイラ嬢の魔法の才は生かすべきです」
「僕の婚約者候補とは別の問題ということだな? わかった、検討しよう」
これでいい。
何の問題もない。
そう思っていた……。
◇
――――――――――一〇日後。
「モーガン様がイースターラック公爵家の血筋だということは存じておりますわ」
シェイラ嬢を王宮に呼び出した。
結局ゴリ押しで、シェイラ嬢をブランドン殿下の婚約者とすることが内定したからだ。
諦めたフリをしてただけなのか、あのタヌキ王子が!
こういう忠誠心の試され方をすると、精神を消耗するということがわからないのだろうか?
しかし王家の決定とあればオレの方からは何も言えないのだ。
事情を話し、ゴドウィン伯爵家側から断わってもらえればあるいはと、一縷の望みに縋ってシェイラ嬢との面会の機会を持ったのだが。
「オレがイースターラック公爵家の血筋であることは事実だが、祖父の代に分かれている。オレはキプリング男爵家の次男坊に過ぎないよ」
「モーガン様の『ダイナスト』は、伊達ではないのでしょう?」
しかし目の前の可憐な令嬢にペースを握られ、オレの話したい内容に持っていけない。
当然といえば当然か。
何故なら彼女の称号は……。
「オレは正真正銘の『覇王の眷属』だからな」
「存じておりますわ。そしてモーガン様の持つ異能についても」
称号を知ることのできるオレの異能は、特に秘密にしているわけではない。
しかし目の前の可憐な、小悪魔のような令嬢に言われると背筋がヒヤッとする。
何を企んでいるのだろう?
「私の称号も御存じですのよね?」
「もちろんだ」
「しかし、どうやら王家には伝わっていないようですが」
「オレの職責は対象の令嬢が『覇王の眷属』の称号を持つか否かを見て、ブランドン殿下の婚約者として相応しいかを判断するところまでさ。他人の称号そのものを伝えることじゃないんだ」
「大変結構ですこと。これからも私の称号を他人に言わないでくださいな。私がいいと言うまでは」
「わかった」
ダメだ、逆らえない。
わかっていたことだ。
『覇王の眷属』が『覇王』に逆らえないなんてことは。
シェイラ嬢の持っていた称号は『覇王』。
古の開祖王と同じごく稀な称号『覇王』だ。
シェイラ嬢は王たる素質がある。
シェイラ嬢を王太子ブランドン殿下の婚約者なんかにしたら、王家なんか乗っ取られてしまうだろう。
目の前の可憐な少女には、それだけのカリスマ性と魔法の力があるのだから。
が……。
……よく考えてみれば悪いことではないな。
より強き者が国を統治する。
当たり前のことではないか。
今の王家が仕えるに足るかと言われるとな。
奢侈で怠惰で過去からの遺産である平和を貪っている。
いや、平和であればいいじゃないかと思うかもしれない。
しかしできれば我が忠誠は給料ではなくて、優れた主に捧げたいではないか。
直接の主であるブランドン殿下にしたって、オレを振り回すだけだしな。
オレも『覇王』に仕えることができるのならば、血が滾る。
『覇王の眷属』が『覇王』に忠誠を誓う。
これもまた当たり前ではないか。
「一つ聞きたい」
「何ですか?」
「身近な者はシェイラ嬢が『覇王』持ちであることを知っているのだろう? どうやって自分の称号を他人に理解させたんだ?」
『覇王』なんて超レアな称号持ちと言ったところで、簡単に信じられるわけがない。
いや、希代の魔法の使い手であるから、あるいはと思う者もいるかもしれない。
となれば逆に警戒する者もいるのではないか?
オレはもう『覇王』の称号を持つシェイラ嬢に従い、王にすると決めた。
現在他人の称号を知るなんて、オレのような特殊な異能持ちじゃないとできないはずだ。
我が主たるシェイラ嬢の危険は排除しておかなければいけない。
しかし可憐な主は言った。
「実は『覇王の眷属』を検知できる判別の魔道具を開発したのは、私のお爺様なのです」
「えっ? あ……」
一瞬何を言われているのかわからなかったが、すぐに察した。
判別の魔道具の発明者は伯爵だったのか。
おそらく元々は称号を知ることのできる魔道具を作製したのだろう。
しかし試験的に孫である主=シェイラ嬢に使ったところ、『覇王』というとんでもない称号持ちであることが発覚した。
世を乱すものとして処分されてしまう可能性、また現在の王家を打倒して王位に就くかも知れないという野望。
色々考慮した末、『覇王の眷属』のみを検知できる劣化スペックの魔道具を世に出した。
求められているのはそれだったから。
いずれ誰かが称号を知ることのできる魔道具を発明するのだろうが、シェイラ嬢が成長する時間を稼ごうとしたのではないか?
容易に感情を掴ませない笑みを見せるシェイラ嬢。
今となればブランドン王太子殿下の婚約者を選ぶ面接にシェイラ嬢が参加した理由もわかる。
称号を知ることができるオレへの牽制だ。
『覇王』の称号を持つことは誰にも言うなと。
『覇王の眷属』であるオレが『覇王』に逆らえないことを知っていたから。
そして優れた魔法の技能を見せつけることで、称号など関係なく王太子妃にという声が上がることを期待した。
また敵にする愚かさを知らしめるという思惑もあったかもしれない。
ともかくシェイラ嬢はブランドン王太子殿下の婚約者に内定したのだ。
目論見は成功している。
「私もモーガン様にお願いしたいことが二つあるのです」
「何だろう?」
「一つはモーガン様の把握している『覇王の眷属』は誰か、ということを教えていただきたいのです」
当然だ。
シェイラ嬢は自らが王になろうと動き出している。
優れた能力を持ち、また忠実な僕となり得る『覇王の眷属』が誰かは知りたかろう。
もちろんオリジナルの称号判別魔道具を使ってある程度は把握しているんだろうが、ゴドウィン伯爵家では調査も限界があるだろうからな。
「了解だ。リストを作って二、三日中には届けさせよう」
「もう一つのお願いです。私の夫になっていただけませんか?」
「えっ?」
意表を突かれた。
ブランドン王太子殿下の婚約者に内定したという通知は、ゴドウィン伯爵家にも届いているはずだったから。
シェイラ嬢はブランドン王太子殿下を夫と見ていないのか。
ということは王家の排斥は徹底的なものとなる。
王家を吸収して取って代わることを考えているのかと思えば、そうではないらしい。
いや、傲慢な王家、奢侈な王家、怠惰な王家、『覇王の眷属』すら輩出しなくなった王家だ。
人心が離れ、神の御心も離れているのならば、負の遺産を引きずる意味などない。
我が主たるシェイラ嬢もまた、身の回りを『覇王の眷属』で固めたいという思いはあるだろう。
オレが最も近くに立つことを許された。
光栄なことだ。
「ダメでしょうか?」
「ダメなどということがあるはずがない」
「嬉しいです!」
シェイラ嬢が飛びついてきた。
軽い。
この華奢な身体で王になろうというのか。
オレがお支えしなければ。
「いけません。シェイラ嬢はブランドン殿下の婚約者たる身ですぞ」
「はあい。じゃあしばらくは我慢するわ」
あざとい上目遣いのまま離れる。
くっ、可愛い主め。
「モーガン様、今日は有意義な話し合いでしたわ。御機嫌よう」
◇
――――――――――一年後。
王太子ブランドンの婚約者となったシェイラは、より有力な者と面会できるようになったことを生かして、次々に『覇王の眷属』を籠絡していく。
忠実な配下達から計画が漏れようはずもなかった。
また王太子の婚約者というシェイラのポジションから、王家のために社交に精を出しているように見えたということもある。
十分過ぎる足固めができた。
クーデター決行は、王家主催のパーティーが行われていた日だった。
まさにダンスの最中に発せられたシェイラの合図により、王族は全員逮捕される。
あまりに鮮やかで混乱もなかったため、何も事情を知らない者にとってはサプライズジョークだと思われたようだ。
すぐその後でシェイラの即位宣言を祝う乾杯があり、初めてクーデターだと気付き、慌てて新女王に敬礼した者も多かった。
王太子ブランドンは、ダンスのパートナーを務めていたシェイラ自身によって捕らえられた。
その間抜け面を晒した様子を描いた風刺画のタイトルにより、後の世に『踊る喜劇』と呼ばれた出来事は、一夜にして国を変えることとなる。
翌日には新女王の即位と減税が広く国民に布告され、熱狂的に歓迎された。
贅沢で知られた王家一族の処刑の日は、多くの人が押し寄せた。
飲み物をセットにした弁当が売れに売れ、以後弁当は飲み物付きがスタンダードになったという。
首が晒されなかったのは旧王族への配慮からではない。
単に不衛生だったからだ。
「ふう、終わったわね」
「何の、まだまだこれからですぞ」
女王シェイラはふくれっ面をしながら新たに婚約者としたモーガンに抱きつく。
「もう少しこうしてていい?」
「いかようにも」
女王シェイラは重要ポストの多くを『覇王の眷属』で固めた。
新たに王族となったゴドウィン家の縁故の者だからといって重用はしなかった。
能力主義を鮮明にした姿勢は好感を持って迎えられる。
「昔の話をしていい?」
「昔の話?」
モーガンはシェイラを甘やかすつもりはなかった。
王たる道を選んだのはシェイラ自身だから。
自己を律することのできぬ王など要らぬ。
が、走り続けてきた女王シェイラには、休養もまた必要だろう。
何せまだ一七歳の少女なのだから。
そしてこの先の覇道もまた長いから。
モーガンはシェイラに問うた。
「とは何でしょう?」
「初めてモーガンに会った日よ。お見合いの日」
今や冥府の住人となったブランドン元王太子殿下との面会の日か。
まだ一年しか経っていないのだなと、モーガンはしみじみ思った。
「私にとってはモーガンを間近で見られた記念すべき日なのよ」
「えっ?」
「前から素敵な人だなあと思ってたの」
モーガンは苦笑した。
元気で印象に残る美少女だとは思ったが、あれはブランドンでなくてモーガンに対するアピールだったのかと。
「では必ずしもブランドン殿下の婚約者として王家に潜り込むつもりではなく?」
「私は『覇王の眷属』ではないから、むしろ婚約者に決まったことが驚きだったわ」
「オレが標的だったとは」
「あら、モーガンは『覇王の眷属』なのだから当然でしょ」
「違いない」
モーガンはシェイラの額に優しくキスを落とした。
「……唇じゃないの?」
「楽しみはとっておくものだ」
「モーガンの意地悪!」
と言いながらシェイラは笑っていた。
モーガンもまた笑った。
新王国の輝ける未来へと至る道は、二人で舗装すると知っていたから。
不合格の私を婚約者にしなさい、逃がしませんよ uribou @asobigokoro
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