なんとなく書いた物
漠然とずっと死にたいと思っていた。生きる意味を感じられるほど高尚な生き方を生憎してはこなかったからだ。
15年そこら生きた如きでそんな風に思うのはばかばかしいのかもしれないが、それでも確かに平均寿命の6分の1近い時間をかけて生きてきたはずなんだ。
ただ一方で死ぬことは底抜けに恐ろしく思えた。生きたくないと思って死を考える時は、まるで空虚な穴をまっすぐ見つめることを求められているようで息が苦しくなる。
自分でその命を絶つ手段は沢山知ってきたが、そのどれも虚ろで漠然とした恐怖を湛えている。
生きたくはないが死にたくはないこの僕は、言うなれば生きているのではなく”死んでいない”のであった。
そのくせ事故で死ぬこともやはり恐れているのだが。
自分の身勝手さに嘲笑が漏れそうな気持ちになるが、悩み自体はこれでも真剣に向き合っているつもりなのだ。
生きたいと願っている存在が山ほどいることを知っているのに、その屍の上に僕は生きる手段については悩まず立っているのだ。
その浅はかさを憎く思いながら、ベッドで体だけ起こし、静かに音を噛み殺すようにして泣く少女を見るのだった。
静かな個室の病室には、僕と彼女しかおらず、その嗚咽と鼻を啜る音だけが響いていた。
橙色に染まった陽光が僕の背後の窓から斜めに差し込み、彼女の布団に覆いかぶさるようにして長い影を伸ばしている。
目の前で静かに泣く少女は、自身の5年生存率が5割無いのだと告げてくれた。
彼女を蝕む腫瘍が、いよいよ彼女を殺す算段を整え切ったことを意味している。
医者が伝えたその残酷な命のデッドラインに、彼女は耐え切れず今鼻を鳴らしているのだ。
彼女が泣くのは、急に眼前に降ってきた死の恐怖に耐えられないからだろう。そこは理解できる。
ただ彼女は生きたいから泣いているのだろうか。生きて何をしたいのだと言うのだろう。
死にたくない=生きたいではないことに頭を抱えて生きている僕には、彼女の涙を理解してあげられる感性を持ち合わせていなかった。
だからこそ自分はベッドの横に置いたパイプ椅子に腰かけて、彼女の顔も見れずに俯いているのみだった。
いつか彼女も僕の下に倒れる屍の1人になるのだろうか。
その時僕は生き続けることに悩まずにいられるようになっているのだろうか。
何も気の利いた事が言えないどころか、彼女の悲しみに微塵も添えずに自分の物思いにふける自分のズルさに呆れてしまう。
俯いたままの視界でも部屋の隅から影がゆっくりと広がっていく。
陽光の差し込まない部屋の奥から、じんわりと夜が始まっていく。
それでも言葉は何も出ず、部屋には沈黙が広がっているままだった。
コンコンと病室の戸がノックされる。
「中田さ~ん、そろそろ面会時間終了になりますので~」
女性の声が、外から聞こえる。多分面会の受付をした看護師さんのはずだ。
「中田さ~ん?」
「あ、すみません。すぐ行きます」
やっと出た言葉はその程度で、それも彼女に宛てられたものでは無かった。
「じゃあごめん、もう行くね」
俺は彼女の顔をあまりしっかりと見れないままに言う。
「また来るから……」
その語尾は妙に弱弱しくなってしまった。
彼女からも返答はなく、顔を伏せたままだった。
そういえば、いつからか彼女の泣く声は聞こえなくなっていた。
泣き止んだのか、顔を見れない僕に確認する術はない。
僕はカバンを掴んで、戸に向かう。心の揺らぎの割に、妙に足取りはしっかりしていたように感じる。
そのまま戸を開き、後ろを向いて「じゃあね」と一言残し、僕は病室を出た。
俯いてしまった彼女の顔は、彼女自身の長い髪で結局見えないじまいだった。
習作集 朝田ゆつ @OkamuAsat
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