片思いの話

 呆けてるようで、その実その視線はひとりのクラスメイトに注がれていた。


 授業中の教室。僕の視線が向く先にいるのは、斜め前の方に座る真弓さん。


 ここ最近隙あらば彼女の方を見てしまっているような気がする。


 あぁ、好きだなあ。一挙手一投足が愛おしい。


 この恋心を自覚したのは少し前のことだが、一度自覚してしまえば思いは留まることを知らない。


 集中して板書をノートに写していることが分かる首の動きと真剣な眼差し。退屈そうに吐き出された欠伸で歪んだ顔。何かを考えるようによそ見しながらペンを回す手先。それどれも愛おしく目に映る。


 横の席の山本と何やら話している。少し妬ける。


 願わくば、こんな風に遠くの席から怪しげな感じを漂わせて眺めるでなく、彼氏としてすぐ横で見てみたいものだなんて夢想してみる。あいにくとそんな勇気は無いが。


 でもこうして見ているのは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。


 彼氏になれば、彼女を幸せにしてあげるのは当然のことだが、今の僕にそんなことができると思えない。ただこうやって傍から眺めている分には、その責任が生じない。


 そんな卑怯な考え方をグルグルと頭の中で転がしながら、好きな人をじっと見ていた。


 こっちを見て、目を合わせてほしい。こっちを見ないでもらって、一方的にずっと眺めていたい。


 自覚しただけで扱い方など分からない恋心が胸の中で渦巻く。


 別に真弓さんとは普通に話もしたりするし、一緒に帰ったりもするが、今以上の関係になってみたい。でもこれくらい程よく距離を取って、今好きな真弓さんをずっと見ていたい。


 真っ向から相対する感情にいくつも支配されてしまった僕がこの先どうしていくかは分からない。でも今はこの退屈な授業の代わりに彼女を眺めているのが、ただこの上なく幸福なように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る