通話の練習
『いいよ、かけてきてくれて』
届いたメッセージを見て、俺は迷わずLIMEを開き、通話開始ボタンを押す。
数コールの後に、衣擦れのような音がして通話がつながる。
とりあえずスピーカーをオンにして、机の上に置いた。
『もしもし? これ聞こえてる?』
「問題無いよ」
『良かった』
俺のスマホから最愛の人の声が響く。
「調子とか大丈夫? そっちはまだ寒いの?」
『大丈夫よ、でもなんか雪降ってるところもあるみたい、札幌は大丈夫だったけど』
「もう4月見えてるのに降ってるのか」
『そうそう、普通に寒くて敵わんね』
窓の外を見れば、雪とは無縁と言わざるを得ないカラフルな花を付け始めている花壇が街灯の柔らかな光に照らされて目に入る。俺の街もまだ寒さが残るが、それにしたって雪など想像もできない景色だ。
『にしても珍しいね。そっちから電話したいなんて』
「別に良いだろ、そういう気分なだけだよ」
ケラケラと聞こえる笑い声に、少しムッとした声を返すが、確かに俺の方から電話したいと訴えかけるのは珍しいことに違いなかった。
『でも嬉しいよ、アキラくんもそういう風になるんだって』
「まあそらな……」
普段は基本的に有紀の方が「声を聞きたい」と言ってする通話。ふと俺が声を聞きたいと思って、今日の昼にいきなり連絡したのが今日の発端だ。
『何かあったの?』
「いや?」
『あれ、そうなの。てことは本当に声が聴きたいだけ?』
「……あぁ、そうだよ」
電話越しにでも、ニヤニヤと笑って口角が上がっている有紀の顔が思い浮かぶ。俺も頬が酷く熱くなるのを感じ、恥か照れを覚えている。
でもどんなに恥ずかしくても、とりあえず声が聞こえるという事象が今の自分には嬉しくて、会話は尽きない。
大学の事、身の回りのこと、高校の時の同じ高校の面々が今してること……特に意味も孕まず、その時繋がるままにする会話。
「なあ、次のゴールデンウィークはそっちに行っても良いか?」
話は気付けばそんな話題に入ってた。
『え、ホント? 来てくれるの?』
「いやぁ、1回くらい北海道行ってみたかったし、普通にいつも来てもらってたの申し訳なかったから」
『嬉しい! じゃあ予定空けておくね』
「よろしく」
『こっちに泊まっていくよね?』
「まあ日帰りは厳しいと思う」
『お、楽しくなりそうだね』
「お陰様でな」
明らかに上機嫌な声に、自分も笑みが漏れる。
それと同時に1月半も先なことに耐えられないむず痒さを覚える。遠いな。
『あ、ごめん。明日バイト早いから、そろそろ切らないと、だ』
「あぁ、そっか」
そう言われて見た時計の針は既に0時を示していた。
『じゃあね、また電話しようね?』
「もちろん、じゃあまたね」
そう言って俺は通話終了ボタンに触れて、そのまま机を離れる。
そのままボフンと羽毛布団に背中を投げ出した。
感じていたのは幸福であったが、同時に情けなさでもあった。
「また好きだって言えなかったな」
ここ数日の俺は、彼女のことが愛おしすぎてどうにかなっちまいそうだった。
声が聴きたくて電話したというのは間違いないが、その実は好きだと言いたくて通話したはずだった。
それでもいざ声が聞こえてくると恥が出て、上手く言葉にできない。
今はこんなにもスラスラと感情が漏れ出て行くのに、いざ通話の場になればその言葉は霧散霧消してしまう。
うつぶせになってスマホを開く。LIMEには有紀からの「おやすみ」というメッセージが届いていた。
「おやすみ」に続けて「好きだよ」とタイプしてみる。
数瞬考えて、やっぱり消して、結局「おやすみ」とだけ返してしまった。
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