習作集
朝田ゆつ
後悔の練習
僕はあの雑踏に消えていく美枝のことが好きだ。想うだけで苦しいほどに愛おしい。ただ生憎とこの思いを伝えてはいない。
同窓会が終わり、場所を移して二次会まで終わったその解散の際。違う方向、違う路線にのって帰る集団に交じって彼女もいる。
分かっている。この場で言わなきゃ多分もう次に会うチャンスなんて殆ど無い。
それでも僕の身体はまるで彼女と壁で隔てられてしまったと悟ったかのように動かなかった。
別れる友人全員に手向けたようでひとりにしか向けられていない、その大きく振られた俺の腕も、視界から彼女が外れてしまえば、疲れを最大限に孕んだように重力のままに落ちる。
はっきり言おう。僕は自分の選択で以て告白しなかった。チャンスが多かったとは思わないが、それでも2人で話す時間は今日まで何度も用意できた。勿論その時告白できそうなチャンスも山ほどあった。それでも自分は告白しないことを選択した。勇気が無かったなんてそんな綺麗な理由じゃない。ただただフラれるのが怖かっただけのビビリだ。
同じ方向に帰る同級生と冗談に薄い返事を返しながら降りた地下鉄のホームは静かで、僕たちの声がしっかりと響く。そんな友人の声しか聞こえないような環境でも、最早自分の深い後悔を前にしてしまえば生返事で答えることしかできない。
というか、あぁ、そうか。後悔しているのか、僕は。砕けても告白した方がよかったなんて思ってしまう。なんとも都合のいいように、いや寧ろ心に負担がかかるように思考が回ってしまうものだ。
じんわりと、しかしべったりと胸にへばりつく、確かな重さを持った苦しみで息ができない。ただビビり散らかしただけなのに一丁前に苦しんでいる自分にも憎らしさを覚える。過去の自分の胸倉を今からでも掴んで告白させてやりたい。なぜこれだけの思いをあの時抱けなかったのか。
その思索を振り払うようにスマホを開けば、撮ったのを確認する為に開いたままだったカメラロールに、辛うじて撮った彼女とのツーショットを見つける。
全くどうしようもなく可愛らしい。長い立食で少し崩れてしまった目元の化粧すらも愛おしさの端緒となって悲しみに沁みる。
ホームに強い風が雪崩れ込み、そのまま列車が入線する。僕は友達が乗ったその後を素直に追ってしまった。この戸が閉まればもう今日は絶対に彼女に会えない。そしてこれ以後も。それでも俺はカメラロールにその写真を開いたまま、閉じるドアに微塵も抗えなかった。
グラリと足元が揺れ、窓は流れるホームを景色に映す。
こんな1枚の写真に少々の満足感を覚える自分が憎たらしい。こんなもの、思い出としては完璧でも、僕の思いをぶつけて良いようなものでは決してない。それでもそれを止めることができない自分という弱さ、狡さが僕自身を蝕んでいる。
ほらね、美枝、キミはこんな人と付き合わなくて良かったんだよ。そんな風に諦めたかのように思うそれすらも逃げの一手な気しかしない。
動いている列車のように逃げ場のない思考がズキズキと、胸に重い枷と痛みを広げていく。
いつかはこの後悔も消えるのだろうか、消えるとすれば理由は何なのだろうか。
理由があるとして、次好きな人ができたからなら、その時自分は自分を許せるのだろうか。
これも全部美枝に好きと一言言うだけで霧散していたのだろうか。
窓を挟んで目が合う自分に問うてみても、何も答えは見えない。
それでもそれなりに混雑した車内では、そんな疲れた様な自分から目線を外せはしない。
乗り換え駅まではあと3駅ある。
どこかで座れたら、楽なんだろうな。
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