帝国よりも、小さく、激烈に

プロ♡パラ

第1話


 カルドレイン王国の長年にわたる陰謀はついに結実し、オルゴニア帝国の帝都で反乱がおきた。

 帝国から亡命してきた共和主義革命家を王国は長年保護し、この革命家を通じて、帝国領内に潜伏している共和主義者を秘密裏に支援し続けていたのだ。

 そして今、火に油を注ぐべく、王国はとある作戦を実行に移した。

 反乱勢力が制圧したという帝都の港に向かい、いま一隻の船が出港した──


 オルゴニア帝国に向かう秘密工作船の船倉には、王国の工作員が二人。

 彼らに与えられた任務は、この船に積み込まれたある箱の警護と監視だった。

 腰の高さほどの、おおよそ立方体の木箱。その見てくれはあえて粗雑な感じに偽装されているが、厳重な魔法的封印を受けているらしかった。

「なあ、この箱の中身、なんだと思う?」と片方が言った。

「……この中身を予想しろ、という命令を受けたのか?」ともう片方は皮肉気に返した。

「そんなこと言われちゃないよ」

「じゃあ、おれたちの階級が詮索するべきことではないな。命令だけに専念しろ」

「別にいいだろ! どうせ、帝都に着くまでは暇なんだし。べつに中身をどうこうしようってわけじゃないよ」

「……」

「反乱兵や共和主義者に対する軍資金かな? この箱の中には金の延べ棒なんかがぎっしり詰まっていたりして」

「ふん、どうだろうな。積み込むときの感じじゃあ、そんなに重そうじゃなかったはずだ」

「じゃあ、お前はなんだと思う?」

「そうだな。……たとえば、共和主義者と王国がなんらかの秘密協定を結んだことを伝える密書、とかじゃないか。王国に亡命している共和主義者の親玉は、随分と俺らの上層部と仲がいいようだしな。王国の後ろ盾があるとなれば、革命家たちもがぜん強気にでることだろう」

「なるほどなあ。……ん? 待てよ。もしも密書だとしたら、わざわざこんな箱に入れるかね」

「……たとえばの話だと言っただろ。俺が言いたいのは、つまり、なんらかの情報的価値ってことだ」


 船は帝都の港に着いた。

 港を制圧している反乱兵たちは、王国からやってきたこの船を、冷ややかな態度で迎え入れた。

 兵士を引き連れた革命家は、王国の工作員を手荒く押しのけながらこの船倉に足を踏み入れる。

「おいおい!」と押しのけられた王国の工作員は抗議の声を上げる。「俺たちはあんたら役に立つものを持ってきてやったんだぞ!」

「恩着せがましいことを言うなよ、下郎め」革命家は侮蔑の視線を向ける。「どうせ王国は、反乱や革命の崇高な理念を理解してはいないだろう。お前らは、オルゴニア帝国の政治的混乱を長引かせようとしているだけじゃないか」

「……」

「しかし、その浅ましさを利用させてもらおう。少なくとも今の時点ではな。──おい、この箱か?」

「そうだよ。帝都の港についたら、多少なりとも偉い奴に開けさせろ、って言われてきたんだ」

「中身は?」

「知らない。教えられてないんだ。あんたもなにも教えられていないんだな」

「なにかの罠じゃないだろうな」

「そうだとしても、知らないね」

 やがて兵士たちは慎重に、その木箱をこじ開け始める──箱の一部が破断した瞬間、中に封じられていた魔術のマナの薄緑色の光がほとばしった。

 そして明らかになる、箱の中身──

 それは一人の男だった。

 魔術で仮死状態にされていた男が、膝を抱えた姿勢で、箱の中に梱包されていた。魔術が解け、息を吹き返した男はゆっくりと顔を上げ、やおら立ち上がる。

 その姿を見て、革命家は声を上げた。

「──『護民卿』!」

 それは、共和主義者の首班に与えられた称号だった。

 オルゴニア帝国の皇帝に弾圧され、国外逃亡を余儀なくされた男が、今ついに、オルゴニア帝国に戻ってきたのだ。

 なんてこった、と王国の工作員は思った。これまでカルドレイン王国上層部は、対外交策のためにこの護民卿を利用するとともに、手元に置くことで飼いならそうとしていたのだ。この男が掲げる反君主主義は、カルドレイン王国も含む大陸諸王権にとっては、あまりにも危険なものだった。

 そんな男を、オルゴニア帝国に送り返して、野放しに? ──王国の工作員は、なにやら嫌な予感がした。

 

 そして、均衡は崩れはじめた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

帝国よりも、小さく、激烈に プロ♡パラ @pro_para

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説