探し物は全てこの箱に

蟹味噌ガロン

第1話 探し物が見つかる箱

 大きな駅には様々な人が行き交っている。彼らには目的の場所に向かうために歩みを進めているようだ。例を挙げると、買い物に出掛けたり、食事に向かったりだろう。目的外で足を止める事は少ない。しかし人々が足を止める事だってなくは無いのだ。


 絵を描く人がいれば足を止めて絵を眺める。


 ギターを弾いて歌っている人がいれば音に耳を傾ける。


 何かしらのショーをしていればどうだろう?

 気になって足を止めるんじゃないか?


「さぁてさてさて! 紳士淑女の皆様こんにちは! わたくしはFINと言いま……あ、終わりじゃないですよー! 今からショーを始めるので少しばかりのお時間を頂けますか?! ちょっとちょっと、そこの黒リュックのお兄さーん。あぁ良かった! ひとりのショーは寂しいですから!」


 通りすがり、スマホから顔を上げた男性がマジシャンの格好の男と目が合い、足を止める。急に呼び止められ、少し困惑した表情をしている。


「お兄さんはどちらに向かう予定ですか?」

「イヤホンを買いにそこの家電量販店に行こうと思ってます」

「おお! イヤホンの買い物! 良いですね、壊れて買い替えですか?」

「いえ、無くしてしまって」

「ありゃ無くしてしまった。……お兄さん。ラッキーな方ですね。いいえ! 不幸を喜んでいるわけでは無いのです!」


 FINはにやりと口角を上げて男性に囁く。


「(探し物が見つかる箱があるんですよ)」

「えっ?! 流石にそれは無いですよ」


 囁きに驚く男性。周囲にはいつの間にやら人だかりが出来ていた。


「驚くのも無理はありません。っと、くるりとホイっ! こちらにありますのが、タネも仕掛けも無い単なる箱でございます」


 FINは真っ黒な箱をどこからか出してくる。そして箱をくるくると回しながら箱の蓋を開き、男性に見せる。


「空……ですね」

「えぇ、何も入っていない箱でございます! しかしながらわたくしの手に掛かれば、おや驚き! お兄さんの探し物が此処に入っているのです!」

「……いえ、あのイヤホンはプレゼントで貰った名前入りで」

「おやおや、特別な物でしたか! でもねぇ。……見つかりますよ、この中に」


 真剣な表情に変わったFINはパタリと箱の蓋を閉じて上から箱を何度か叩いた。


「よぉく見ておいて下さいね? さん、にぃ、いち……とん!」


 FINは最後に強く箱を叩いて蓋をゆっくりと開く。


「は、え? 何で!? これは俺の……汚れや擦れまで同じだ……」


 周囲の聴衆は歓声を上げて拍手する。

 男は丁寧な手つきでイヤホンを手に取り、見つかった嬉しさと不思議な出来事に男は動きを止めた。


「探し物は全て此処に、この箱の中ありますから。どうぞ今後ともご贔屓ください」


 FINは何でも無いように笑みを浮かべた。

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