箱太郎

真狩海斗

👹

 👹

 むかし、むかし、あるところに、

 おじいさんとおばあさんがありました。

 まいにち、おじいさんは山へしば刈りに、

 おばあさんは川へ洗濯に行きました。


 ある日、おばあさんが、川のそばで、せっせと洗濯をしていますと、川上から、大きな『箱』が一つ、

「ドンブラコッコ、スッコッコ。

 ドンブラコッコ、スッコッコ。」

 と流れて来きました。


 家に帰って、おじいさんといっしょに、

 『箱』を両手にのせて、ためつ、すがめつ、ながめていますと、

「包丁で切るか」

 ということになりました。


 えいや、と箱を斬ると、中にはたくさんの小人がいました。


「どうしたもんだろう」

 と困っていたおじいさんとおばあさんでしたが、閃きます。

 そうだ、年貢がわりに、東の山の鬼に渡してやろう。


 珍しいものをもらった鬼は大よろこび。

 おじいさんとおばあさんは、その年の年貢を免除してもらいましたとさ。


 めでたし。めでたし。


 👹

 『箱』の中、すなわち『ひとつの世界』の中では、人類が大混乱に陥っていた。

 ある日、突然世界が割れて巨大な老爺と老婆に覗き込まれ、そこから少しも経たぬうちに、より一層巨大な怪物に舌なめずりされていたのである。

 怪物は溶岩を彷彿とさせる赤黒い肌を持ち、その金色の目は巨大な銅鑼のようにギラギラと光っていた。雷雲の如き黒々とした頭部からは、2本の角が天を衝いている。

 その姿は伝説そのもの。"鬼"だった。


 鬼が気まぐれに海に指を沈めてチャプチャプと揺らすと、大津波が起き、島国がいくつも沈んだ。

 鬼が戯れに山にデコピンをすると、飛ばされた山頂が世界を半周し、ようやく墜落した先の熱帯雨林を消し炭にした。

 鬼は無邪気にも、これらの行為にキャッキャと笑う。しかし、この笑いがまた大暴風となり、人類に甚大な被害をもたらすのであった。


 鬼から逃れようと、人類は大移動を始めた。しかし、全員が同じ行動をとったことで、道路は即座に渋滞する。

 救いを求めての行為が、皮肉にも、鬼のもっとも悍ましく残虐な行為を引き出すこととなってしまう。鬼は、身動きの取れなくなった人類を大きな手で掴むと、ポリポリと満足げに食べるのであった。

 鬼の口から、死体たちが食べカスとなって無惨にポロポロ落ちていく。あまりにもショッキングな光景に、世界中が阿鼻叫喚し、泡を吹いて死ぬものが万単位で発生した。


 鬼は大体八時間周期で人類を食し、その一度の食事で約50万人ほどの命が失われた。

 パニックに陥った人類では、以降、地下に逃げ込むものや、自ら死を選ぶものなどが続出していくこととなる。


 👹

 事態を重く見た国際連合は即座に総攻撃を開始する。ありとあらゆる兵器の一斉放射。共通の敵を前に、人類が初めて団結した感動的な姿であった。


 しかし、非常に残念なことに、その感動の涙も、一瞬で途絶えることとなる。

 鬼の溶岩のような固い肌には、ミサイルは通用しなかった。だが、多少痛くはあったのだろう。鬼の表情に怒りが見えた。全身に青白い稲光が立ち、角が光輝く。目は爛々とし、顔は僅かに震えていた。

 炎のように赤い口の中で、光球がどんどん大きくなっていく。

 ビームが発射された。


 このビームの威力で、大国が1つと小国が4つ消え去った。


 👹

 全人類が滅亡を受け入れ、諦める中、ある軍人パイロットが志願する。彼は、鬼により家族を失っていた。復讐の炎で命を燃やす彼が告げる。


「鬼の弱点はおそらく体内だ。口から入って、やつに最強の爆弾をぶつける」


 この手しかない。この作戦を承認した国際連合は、最後の総攻撃に乗り出す。


 前回同様、ミサイルの連続爆撃で鬼の怒りを溜める。鬼は、作戦どおりに口を広げた。


 ミサイルの雨嵐を驚異的な飛行技術で回避したジェット戦闘機が亜音速で口に突撃する。

 その機体には、最強の爆弾"殺す(K)・生かしてなるものか(I)・ぶち殺してやる(B)・逝ってまえぇぇええ!!(I)弾"、略して"KIBI弾"が大量に積載されていた。


 ジェット戦闘機、通称"KIBI弾号"は全人類の期待と怒りを一身に背負って、更にぐんぐん速度を上げていく。速度で軍人パイロットの鼓膜が弾け飛ぶ。


 軍人パイロットは叫んだ。その通信を聴き、全人類もともに叫ぶ。


「鬼はぁぁああ掃討そうとうぅぅう!!福はぁぁああ撃ちぃぃいい!!」


 今だ。KIBI弾号が、見事に鬼の口内に突入した。


 一瞬の静寂。直後、大きな爆発音が轟く。爆発音は何度も何度も続いた。倒れろ!倒れろ!人類の祈りに応えるように、爆発は止まなかった。


 苦痛に顔を歪め、鬼が叫ぶ。その口の中では、あの凶暴な牙が崩れ落ちていた。

 固唾を飲んで見守っていた人類の目の前で、鬼がゆっくりと、倒れていく。


 やったぞ!!世界中で大歓声が沸く。


「福は撃ち」の叫びが通じたのだろうか。福を取り込んだ軍人パイロットも間一髪、脱出できていた。パラシュートとともに浮かぶ彼の向こうでは、朝日が眩しく昇っている。


 その姿を見た全人類は、自然と涙を流し、敬礼していた。鬼の暴虐により、人類の大半は死滅している。だが、一致団結することで鬼をくだすことができた。

 "ゼロ"ではあるが"マイナス"となってはいない。この"ゼロ"から文明を再興していこう。みな胸に固く誓ったのであった。


 👹

 しかし、人類はまだ気づいていなかった。

 生き絶えた鬼が倒れた遥か上空で、空がスパッと裂けていた。その隙間から、鬼よりもさらに巨大な者の目がギョロリと覗き込んでいた。




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箱太郎 真狩海斗 @nejimaga

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