2章4話 調査指令:人質救出依頼における虚偽報告

 ノック音へのジョルジュの返事の後、ガチャリとドアが開いた。

 戸口に立っているのは大柄で筋肉質な、どこか大型犬を思わせる風貌の男。

 ハユハだ。

 ハユハは呆れたような顔をしながら、開口一番でツッコミを入れる。


「そんに、そんだばいきなしじぇんこの話されってついてげだば無理な話でねが」


 何を言っているのか殆ど聞き取れなかったイレーネは表情を固くする。

 なんなの、冒険者ギルドって濃い奴らしかいないの? と思わず口に出そうになったのをなんとか留めて表情を保つ。

 対してハユハは、真っ直ぐと立ったままテーブルについているイレーネを静かな表情で見下ろし、それから名乗った。


「冒険者ギルド総務課課長、リクハルド=ハユハだなす」

「──王国軍北方軍団尖兵隊騎士。イレーネ=マーズデンであります」

「まんださっぱりわがらね状況だァと思われっが、かだくならんどきいでくれっどありがたくおもへばだ。まずくつろっでくれなば」


 イレーネは瞑目して天井を仰いだ。

 やはり何を言っているのか殆どわからなかった。北方国の訛なのはわかる。もう北方語で話してくれたほうがマシだ。

 聞き取りなら叩き込まれたからわかるのに!とイレーネは心の中で叫ぶ。


「ほら。貴方の王国語はクセが強すぎる。通じていない。いつまで経っても上達しませんね。努力不足では?脳のリソースを体以外にも向けるべきでしょうな」

『やかましいわ金庫のガーゴイルが。お前は王国語でも話通じてなかったろうが』

「今なんと?」


 北方語で返事をしたハユハは片眉をあげながら王国語で言い直す。


「悪かった。努力する、と。言っだ」


 ウソついた。この人。堂々とウソついた。しかも若干得意げ。と衝撃を受けながらイレーネは口を一文字に結んだまま固まる。


「フン。相手の知らない言語で罵ればバレないと? しかし私も単語くらいであれば聞き取れる。ガーゴイルとは失礼な。貴方よりは意思疎通ができていますよ」


 いや、そっちもできてない!!と言いたくなりながらイレーネはもはや震えだしてしまっている。


「ン。しばれが」


 彼女の震えを勘違いしたハユハがベッドに畳んでおいてある毛布を持ってきてイレーネの肩に掛ける。

 違う!と叫びたいのをこらえながら肩に掛けられた毛布を握りしめる。


「こんなものしかねが。すまねな」

『──ありがとうございます。ハユハ殿』

『驚いた。北方語がわかるのか君は』

『聞き取りは、できます。話すのは、あまりできません』

『それなら北方語で説明をしたほうがいいだろうか? しかし、細かい意図が伝わらないかもしれないな。この鉄面皮は交渉はまずなによりも先にカネの話になる悪癖でな』

『判断しかねます』

「また鉄面皮と言いましたね。それになにかわからないとか、それらの単語はわかります。翻訳はできるが聞き取りはまだまだか。私も努力が足りないな」


 コンコンコン!とドアがノックされて返事をする間も無く、二人より少し若く見える男性が機敏な動きで入ってくる。

 官吏風のジョルジュとハユハとは趣の違う、市井の冒険者風の朗らかそうな男性、オスティンだ。旅装のままだからか、いつもよりもさらに冒険者風に見える。

 こちらもハユハ同様に呆れた表情だが、ツッコミは両者に入れる。


「お前らふたりとも向いてねーよ普通に。交渉とかそういう話はどうしたんだオイ。出張から帰ってみりゃこの有り様かよ。──ああ。君。起き上がれるようになったのか。傷のほうはどうだい?」

「ええ…あの、はい。ひとまずは落ち着いています。もしや貴方が手当を? まずは感謝を……」


 一歩下がったハユハの前にひょいと割り込んだオスティンは、テーブルの書類とジョルジュとイレーネを順番に見て、それからイレーネの右腕をちらりと見てから返事をする。


「礼はいい。俺達は任務で君を斬った。──謝ることはできないが、生命があってなによりだ。よかったよ」


 冒険者らしい割り切った話し方で、なによりも一番話が通じそうだとイレーネはなぜか目覚めてから一番の安堵感を感じた。

 状況からして安堵するような状況ではなく、まだ敵対の可能性も残っているのだが、そんなことよりも混乱が収まったことのほうが何故か嬉しいイレーネだった。

 そんなイレーネをよそに、オスティンはテーブルの上に並べられた書類を手に取り、中身に目を通す。


「で、これだろ。就労契約……ま、分かるけどさァ。そうじゃなくて、これから何すんのかっつー話をしなきゃいけねーだろ。目的とか、そういうな。ん~……とりあえず。王国軍の計画の話はそっちのほうが詳しいだろうから省く。──知っているんだろう?」

 

 探るような瞳がイレーネに向けられる。ハユハもまた同様にイレーネを見ている。

 本筋の話にもどったことで、イレーネは表情を引き締め、背筋を伸ばす。

 そこで胸のボタンが二つ、プツン! と弾けて机に転がった。


「はい──その上での志願でしたから。覚悟の上でのことでした」

「うん待って。悪いね、真剣な話の途中に──誰だよこの服用意したのはよォー! 半分以上見えてんじゃねえか! ハユハ! お前かオイ! リリアーナ嬢に申し開きできんのか!」

「わァでね」

「私の娘のものです」

「……カネとインクと帳簿の怪物に娘っ!? ウソだろ。 ホムンクルスかなんかか!? 現代ではもう作れるのか!?」

「実子です。妻が産みました」

「妻ァ……!?なんかすごいショックだ。うわー。よくわかんねーけど俺いますげえショックだ。あー。もう帰っていい? いますごい疲れた。もう帰っていい?」

「待って、帰らないでください。この変な状況に私を置いていかないでください」

 

 たまらずにイレーネが懇願すると、それにオスティンが矢継ぎ早に抗議する。


「だってわかるだろ。ちょっと会っただけでなにかしら気配はわかるだろ!? 人間じゃないと思ってたぞ俺ェ!」

「いえ、その。剣呑だった私を説得されたあとに笑って服を差し出してくださいましたし、お優しいところもあるようですから。その──」

「こいだば笑うことあっが!? ほんだばか!?」

「マジかよ。笑った? ウソだろ……」


 ハユハとオスティンが顔を見合わせて驚愕すると、当人である鉄面皮のジョルジュは無駄な時間と判断して思惟しているらしく彫像のように無反応だった。

 視線こそこちらを向いているが全く意識をこちらに向けておらず、何かを考えているらしいジョルジュを見て、ハユハとオスティンは呆れた表情で続ける。


「ほらな。絶対人間じゃないぞ。この状況で予算のこととか考えてんだぞ。ゴーレムかなんかだろ」

「ン」

「あの、ご同僚をそのように悪しざまに言われるのは」

「同僚ですが彼らを悪しざまに罵るのは私もですから問題ありません。財務の話ではないので私には関係ありません。それで話は済みましたか。交渉の結果は? 条件は? 押印は拇印でも結構ですが」

「ハァー。こいだばどっか投げて捨ててえっが?」

「窓の外から運河に投げちまおうぜハユハ。後で報告書も投げ込んでやろう」

「窓の外──」


 そこでイレーネは、先程こちらを見ていた男のことを思い出す。あの男は何者なのだったのか。

 文官だというジョルジュは別として、次にきたハユハとオスティンという二人は身のこなしから戦闘訓練を積んだ一流以上の戦士だとわかる。

 だが、先程の男とは違う。

 あの男の瞳はもっと別の、例えば自分の祖父や将軍閣下のようなそういう目だった。この場には来ていないようだ。

 確かにあれは戦士の目だ。それも、恐ろしく殺意を高めた。


「ああ、モロッグだよ。中庭から見張ってたのは」


 窓の外という言葉で気付いたらしく、オスティンが先回りして答える。


「埋葬機関さ。この状況のことも、君のことも知ってる。今のところは大丈夫だ。もちろん。交渉決裂なら我々共々戦闘になるかもしれないが」

「──そうですか」


 毛布を引き寄せて肩からかけ直し、半分以上はみ出てしまった胸元を隠す。不格好だがそのままよりはマシだ。

 そしてそんなこと以上に、イレーネは今の自分の状況について思い出し、冷静さを取り戻していた。


「お話については、ジョルジュ殿から聞いた話である程度わかっているつもりです。私は死を覚悟して、不死の尖兵計画の暗黒剣士に志願いたしました。しかし、使えば死ぬはずの暗黒剣を使っても死なずに意識を取り戻したということですね」


 ギルドの面々が頷く。イレーネもそれを確認して話を続ける。


「私というイレギュラーが現れたことは、我が軍にとっては失敗でありますが、暗黒剣による身体強化という面では一定の効果が認められたと考えてよろしいのでしょうか」

「──……そうだ」

「ン」


 村民や冒険者を殺したという罪の意識や引け目、それどころか覚えている素振りすら見られないのは暗黒剣に意識を乗っ取られていたからだろう、とハユハとオスティンは解釈した。

 目的を知らされずに実験に志願したとするならば、起こり得る話ではある。どんな実験かを偽ることもできるわけだから。

 そしてオスティンが続きを述べる。

 今度は、彼女が知るべき事のあらましを。


 オスティンは小脇に抱えていた文書をテーブルに並べ、最後に王国軍の正式文書であることを示す紋章付きの文書を広げる。


「俺達は、村落を占拠した武装集団の討伐という名目で、冒険者と村民を殺害・監禁した君たちを討伐する任務を引き受けた。そして君たちと交戦し、暗黒剣の呪縛を無力化し、村民を解放した。俺達は北方軍団のやつらに、まだ生きていた君を遺体だと偽って連れてきた。あの村を占拠していた君以外の暗黒剣使いの剣や遺体はすべて、軍が回収した。」


 その言葉を聞いて、イレーネは目を見開いてテーブルの文書を掴んで食い入るように読む。

 一枚、また一枚と読むたびに、先程までは胸を張ってすらいたイレーネの手の震えは大きくなり、王国軍の正式文書を読み終えると全ての書類を手から取り落とした。


「……それがその証拠になる書類だ。冒険者たちと村民を殺害した武装集団は全員が暗黒剣使いであり、その討伐をギルドが果たし、暗黒剣使いの死体一つと暗黒剣一振りを調査のために引き取った。これが事実と相違ないと証明する王国軍の魔法刻印はこれだ」


 顔面蒼白になったままのイレーネを見つめながら、オスティンが続きを話す。


「君たち暗黒剣使いが王国軍の人間だということを示す確たる証拠はなかった。だからそれは記載されていない。ま、書いても否定されて報告が事実でないと突っ返されるだけだろうがな」


 オスティンが王国軍の文書に手をかざすと、王国軍紋章が宙に浮かび上がる。

 残酷なまでに煌めくその光に照らされながら、イレーネは血の気を失った顔で声を震わせてオスティンに尋ねる。 


「──……私達が、民を殺した?……なぜ私達はそこに? その村は戦場でしたか? なにかの鎮圧のために投入や……? なぜこんな……これを私達が……?」


 その言葉にハユハは口を一文字に引き結んだまま沈黙し、オスティンは額に手を当てて渋い顔をする。

 引き続きオスティンが疑問に答える。


「事故ではない。君たちは明らかに何らかの意図をもって作戦行動を取っていた。そして、あの村には君たちの他に脅威はいなかった。──念の為聞きたい。君たちは、自分たちが暗黒剣でそこに書いてある行動をすると知っていたのか?」

「否定……します。だって、志願暗黒剣士は、剣に身を捧げ、死後に意志を剣に宿して暗黒剣となり、暗黒剣になったあとに指令を込められれば生前の体を運用して戦い続ける兵器です。亡骸を修復・部品交換すれば永遠に戦える。だから前線に……それによって……それによって、命と引換えに死にゆく同胞を減らせる──不死の」


 そこまで一気に言い終えてから、イレーネは口元を覆う。


「私は……──だから──志願を……」


 かひゅ、かひゅ……と空気すら吸えずに、イレーネが呟く。

 顔面蒼白になったまま、視線を彷徨わせ、既に失くなったはずの手でも口元を覆うようにしながら彼女は打ち震えている。

 右腕の傷口に巻いた包帯から血が溢れて滴り、衣服を汚していく。

 ハユハとオスティンは互いに顔を見合わせる。


「モロッグの言っていた暗黒剣とは話が違うな? たしか霊剣の暗黒剣は、剣の意志が先にあって生きている人間の意志を上書きするとか乗っ取るとか、そういう話じゃなかったか?」

「……わァもそう思ってっが」

「そこはまあ、後で詰めよう。イレーネ。つまり、君は実験台になったのではなく暗黒剣士として死後も使役されるという話に志願して、本来なら兵器として君たちの前線。つまり北方魔境で運用されるはずだったってことでいいんだな?」

「私は──、私は……」


 ハユハは額に手を当ててため息をついた。その隣でオスティンは顎をさすりながら頷いている。


「成る程。だから将軍はあの態度だったわけか……──成る程な。反吐がでる」

「ギルドマスターの言ったこどが正すがったってばな」


 彼女は無くした腕と残っている手で顔を覆って、体を丸める。

 傷口から溢れた血は先程よりも勢いを増し、肘を伝ってぼたた、と音を立てて床に滴っていく。

 その様子をオスティンは渋い表情で見つめ、ひとまず手当が必要かと呟いた。

 一方でハユハは、衝撃から立ち直れず恐慌しているイレーネを厳しい表情で見つめている。

 未だに呼吸ができないでいる彼女は、残っている手を首筋に当ててしばし震わせていたが、瞳に一瞬力を取り戻し、ペンに手を伸ばす。


『やめろ』


 鞭を打つような鋭い語気の北方語でハユハは言い、手を伸ばした彼女の腕を掴んで握りしめる。

 イレーネは腕を掴むハユハの手を振り払おうとするが、ハユハの手は微動だにしない。それどころかテーブルに腕を抑えつけられて全く動かせなくなった。

 もはや動揺を通り越して恐慌している彼女は口をぱくぱくとさせながらも、絞り出すように反問する。


「──……死なせて」

『貴様、それでも軍人か。 死をもって償えると思うか。守るべき民を手に掛けた罪を、命一つで償えるとでも思うのか』

「おい、ハユハやめろ! 腕の血を止めるのが先だ。何いってるか分かんねえけどやめろ!!」

『死んでも償えない罪にできることはただ一つだけだ。身が朽ち果て、魂が擦り切れるまで成すべきを成すことだ。悔いる資格など貴様にはない。まさに死ぬその時まで償うことしか我々には許されていない」


 オスティンがハユハの腕を掴んで引き剥がそうとするが、膂力で全く敵わないために状況は全く変わらない。

 その間に包帯からあふれる血は、先程までの鮮血ではなく真っ黒な血に変質しはじめ、びちゃびちゃという音を立てて流れ出ている。


「やめろ!! ハユハ!! 様子がおかしい!!」

『黙っていろオスティン! 死に逃げることなど、我々には許されんのだ。小娘。貴様の覚悟はその程度か。血反吐を吐いてでも、四肢を全てもがれても成すべきことを成せ。最期の一瞬までだ』


 テーブルに広がる鮮血と黒い血をものともせずに、ハユハは机に手のひらを叩きつけて怒鳴りつける。


『貴様の命は貴様のものではないッ!!!』


 その怒声が終わった瞬間に清浄な青い光が部屋に満ちて、空気が輝く。

 空間から青い光が湧き出ては消え、黒い血から瘴気を祓い、血を光に還す。

 黒い血を吹き出す右腕は癒やされ、血を吹き出すのを止めた。

 武装時に使う佩剣を片手に提げたモロッグが部屋の戸口に立ち、イレーネを指差して静かにハユハに告げる。


「そいつを離せ。ハユハ」


 指差すモロッグに、ハユハが怒気を放ったまま視線を返す。

 しばし睨み合った二人だったが、大きく呼吸をしてからハユハは手を離した。

 それを認めたモロッグは静かにイレーネへと歩み寄って、テーブルの上にごとりと音を立てて剣を置き、静かに語りかける。


「死ぬならこれを使え。しかし、俺はお前のためには祈らん。永遠の夜を彷徨え」


 机の上に覆いかぶさるようにしてイレーネを覗き込むモロッグが、静かに静かに語りかける。


「輪廻神アンドラプシュケの聖堂騎士、モロッグ=ダスティンだ。お前の最期は必ず見届け、死体を打ち捨てて獣たちの餌にしてやる。そして蛆が湧いて朽ちるまで貴様を見守ってやろう。永遠に夜を彷徨う亡霊になって悔い続けろ」


 血を流しすぎたイレーネはのろのろとした動きで顔をあげ、モロッグを見る。

 剣に手が伸びる。力ない指先が剣を掴もうとして失敗すると、モロッグは剣を抜いてやり、その手に剣を握らせる。


「手伝ってやろう。安心しろ。望むならきちんと終わらせてやる。これでいいと思うのなら、安心して終わりを受け入れろ。」


 恐ろしく優しい声音で話しかけながら、剣を握るイレーネの手をモロッグは包みこんで剣を持ち上げてやる。

 血を失いすぎて真っ白な顔で、今にも事切れそうに弱々しく、力なく、剣を見つめるだけしかできないイレーネ。

 剣を持ち上げたまま、彼女は力を振り絞るように呟いた。


「まだ……死ねない──……」

「わかった」


 イレーネはそこまで言って気を失い、机に倒れ伏す。

 モロッグは手を離し、毛布を彼女にかけてやってから抱き上げる。

 そして、静かな表情でハユハとオスティンを見て、ハッキリと告げる。


「認めよう。彼女が一員に加わることを。彼女が望むならば、肩を並べて戦おう」

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冒険者ギルド総務課の裏仕事──始末、討伐、誅伐、破壊 鍛冶屋おさふね @osafune_kaji

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