異世界転生特典を選べるアレを真面目にやる話

砂塔ろうか

異世界転生特典を選べるアレを真面目にやる話

 その空間には、大小様々な800個の箱があった。

 空間の中心にある巨大な円柱。その周囲を箱がふわふわと漂っている。


 柱の外周には石造りの階段が螺旋状に設けられており、どうやら円柱のてっぺんにまで続いているらしい。

 部屋のすべてがうっすらと白く発光しているのか、光源らしい光源はないものの部屋の様相を見ることは不可能ではない。

 だがそれでも、てっぺんに何があるのか。それを地上から窺い知ることはできなかった。


 そんな空間に、少年は突如として現れた。

 ブレザー姿。ごく一般的な高校生の制服。登校の最中であったかのような出で立ち。

 そんな少年に語りかけるように、声が空間全体に響く。

 清らかな印象の、女性の声だ。


『——おめでとうございます。あなたは800万人目の勇者候補です』


「……………………」


『あら? キリ番をご存知ない? おかしいですね、地球——それもユーラシア大陸横の列島で生まれ育った方はこう言われるとテンションが上がると聞いたのですが……』


「…………時代が、違うかも、ですね」


 少年は絞り出すような声で言った。


『…………なるほど。人間の時間の流れとは速いものですね』


 そっちは現代的かもです。少年は言葉をぐっと飲み込んだ。


『ともかく、あなたは運が良い。こうして異能選択の間に呼ばれたのですから』


「異能選択……?」


『はい。あなたがこれから転移する世界には【魔法】があるのですが、選ばれた勇者候補には特別に【魔法】よりも優れた【異能】を授けることになっています』


「優れてるって、具体的には?」


『んと、魔法は格上相手には通用しないこともままあるのですが、異能は格上相手であっても発動条件さえ満たせば確実——といったところでしょうか』


「ふうん」


『あ、異世界転移についての情報は魂に刻んでおいたので疑問点はないかと思いますが、気になりますか?』


 いつの間にそんなことを。

 少し怖くなった少年だったが、これから転移する異世界では一般的な学習方法だということが誰に教わるでもなく理解できてしまったことが一番怖かった。


 彼がこれから行く異世界。そこでは急速成長と急速学習が一般化されており、子供が存在しない世界のようだ。

 魔王エルダー・ブラザーが支配しており、民は労働活動への従事が義務付けられている。生体魔力が既定値を下回った者には呪印が刻まれ、施設に転送。死ぬまで生体魔力を吸い出されることとなる…………エトセトラエトセトラ。


「異世界転移ってもっとこう……文明レベルが低いところに行くイメージなんですが」


『ナチュラルに差別意識を発露しましたね』


「ごめんなさい」


『許します。……実は、その世界には異世界転移者がこれまで100万人ほど来ていまして、あなたの出身世界以外にも色々なところから勇者候補が来ているのです。結果、その世界は技術と人種がでたらめに混ざり合う混沌とした状態になりまして——なんやかんやあり——世界全体を巻き込む終末戦争が起きてしまったのです』


「それもうあなたたちが悪いのでは?」


『よく言われます』


 照れるな。少年は喉元まで出かかった突っ込みをぐっと飲み込んだ。


『その終末戦争の覇者となったのが、現魔王エルダー・ブラザー。あなたに殺していただきたい存在です』


「ころ……っ!?」


『殺人への忌避感はこちらで下げさせていただきました。ご心配なく』


「サービスですよ♡……みたいなノリで言うことじゃないだろ!」


『だって魔王も人だからとかなんとか理由をつけて、話し合いを試みては殺される勇者が多かったんですもの。大丈夫です。魔王と直面したら魔王を殺すか一時退避するか以外のことができないように脳神経をいじくっただけですから』


 魂をどうこうされるのより厭だ。少年はぶるっと身震いした。


『さて☆ ではルール説明です! あなたにはこの空間内に存在する800箱個の箱! そこから1個を開けていただきます☆ するとあなたに与えられる異能が確定します!』


 異能の選択。ようやく異世界転移らしい展開が来たな、と少年は息をつく。


『【異形の化け物になる異能】、【恐竜に変身する異能】、【天使の輪っかを出すだけの異能】、【脳を量子コンピュータにする異能】、【体液を媚薬をするだけの異能】、【髪を自由自在に扱う異能】、【全身サイボーグ化する異能】、【炎と氷を無尽蔵に発生させるだけの異能】、【影に実体を持たせる異能】、【三分以内に行動を起こすことを強制する異能】、【内見した家に悪霊を湧かせる異能】、【すべてを破壊するバッファローの群れを召喚する異能】……などなど。たくさんの異能があなたを待ってます!』


「なんか強そうなのと弱そうなのが入り交じってない?」


『全部当たりのクジはつまらない、とかつての勇者候補から苦情が入りまして』


「余計なことを……!」


『そう言う方も多かったので、異能の引き直し制度もあります。引き直しは10回まで。引いた異能を1個までキープすることができます』


「ソーシャルゲームみたいになってきた……」


『説明は一旦ここまで! レッツトライ!』


 それきり声は聞こえなくなった。

 少年は「はあ」とため息を吐くと空間を見渡した。すると、階段近くに小さな箱がふわふわ浮かんでいる。あのくらいの高さなら少しくらい背伸びすれば手が届きそうだ。


 とりあえずあれから開けてみよう。


 少年がその箱を開けると、再びあの女性の声がした。


『てーてってれー! この箱は【全身サイボーグ化する異能】の箱です! あなたの身体はサイボーグになります! というかもうなってます!』


「は?」


 少年は自分の手を見る。普通の手だ。


『欺瞞テクスチャ解除!——と言ってみてください』


「…………? 欺瞞テクスチャ解除」


 瞬間、少年の手は無骨な鉄の塊と化した。否、箱を開けたあの瞬間にはもう「そうなっていた」のだ。


「な、なんだこれ!?」


『【肉体をサイボーグにする異能】と言ってるじゃないですか。あなたの異能は常時サイボーグとなります』


「こ、効果を解除するにはどうすれば……!?」


『無理ですよ? イヤなら新しい異能を獲得してください』


「そんな…………」


『まあでも、初手でサイボーグ化を引けたのはけっこうな大当たりですよ? だってほら、この空間にある800個の箱のほとんどは空中にぷかぷか浮かんでるんですから』


「……っ!」


『では、また次の異能をお楽しみに!』


 言って、声はまた聞こえなくなった。


「案外、いい奴……なのか……?」


 それから少年は空中浮遊ユニットを活用して空に浮かぶ大小様々な箱を掴んでは床の上に運んでいった。

 箱は一旦掴むと二度と浮かばなくなるらしく、それに気付いてからはタッチして箱を床の上に落としていった。


「妙だな……」


 疑問に思ったのは、浮かんでる箱の数が7個になった時だった。


 ——1個足りない。


 彼は自分が床に落とした箱の数を数えていた。最初に開けた分を含め、さっきので792個目。

 一方、浮いている箱は残り7個。この空間の一番高く、天井まで浮上して箱の数を確認したので、間違いない。


「……?」


 ひとまず、彼は浮かんでいる箱を全て落とすことにした。箱を一つ落とすたびに手の甲のディスプレイの数字が増えていく。

 だが、彼の予想通りに799で数字は止まった。


 視認する限り、もう箱らしきものは残っていない。

 視覚モードを変更して二重三重に確認するが、浮いている箱はもうない。

 では床に落とした800個の箱のどこかに埋もれているのかといえば、その可能性も低い。

 床の方は既に調べが済んでいる。床下に埋まっている可能性、それも考えはしたがどのような手段をもってしても床下を開けることはできそうになかった。


 では、こちらの円柱のてっぺんなら——?


「……同じ、か」


 どんなに調べてみても結果は床と同じ。この円柱それ事態が「箱」という可能性も考慮し、柱の外周を調べていたものの、少年に開け口のようなものを発見することはできなかった。


「なら、まさか」


 少年が次に調べたのは

 声は「箱を開けると異能が確定する」とは言っていたが、箱の中に異能が納められているとは言っていない。

 つまり、「箱を開ける」という動作は異能を付与するただのきっかけに過ぎない。


「異能を付与する箱の中にもう一つ、別の異能を付与する箱がある……?」


『ぴんぽんぴんぽーん! お見事~』


 少年の呟きに応えるように、能天気な声が響き渡った。


『この798個の箱のどれかの中には、もう一つ別の箱が入っています! 特別大当たり異能の箱ですね! それに気付いたあなたには特別サービス! まず、箱を1個選んでくださいな!』


「…………これだ」


 言われた通りに少年は一つを選ぶ。この空間にあった中で、一番大きな箱だ。


 次の瞬間、床中に散らばっていた箱のほとんど全てが跡形もなく消失した。



『異能選択チャンスを残り2回にすることと引き換えに、箱をあなたが選んだそれと、中にもう一つ別の箱が入ってるかもしれない箱の2個——いえ3箱を残しました!! まあ実質2択ですね! 1/2で特別大当たりが引けちゃう! さ、どうします?』


「…………さっきの、『かもしれない』って?」


『あなたが選んだそれが当たりの可能性もありますよね? その場合はこの中で一番のハズレを残すことになっています。……さて、ではどちらの箱を開けますか? 異能選択チャンスは残り2回ですけれど、ハズレを選んでしまった場合、特別大当たりの箱を開ける前に異能選択チャンスを使い切ってしまいます……よーく考えて、選ぶことですねっ♡』


「ちなみに、特別大当たりの異能って何?」


『【すべてを破壊するバッファローの群れを召喚する異能】です。これで魔王城を更地にすればミッションクリア! すべてを破壊するので魔王もディストピアも破壊されちゃいます! お手軽ですね☆』


「魔王以外の人も死ぬのでは……?」


『そこはまあ、必要な犠牲ってことで』


「…………僕は、箱を変えることにする。これはモンティ・ホール問題だろう? なら選択を変えた方が当たりの確率は高まる。こっちにするよ」


『では、開けてみてくださいな』


 少年が箱を開けると、その瞬間、少年の身体がもとの人間の姿に戻る。

 そしてその中には、もう一つ。虹色に光り輝く箱があった。

 なるほどわかりやすい。これが当たりということなのだろう。


 箱の中の箱——虹色のそれに手を伸ばす。


 その、次の瞬間。


「どーんっ!」


 選ばなかった方の、空中に漂っていた中で最も大きな箱。それがひとりでに開いた。

 否。トーガを身に纏った金髪の少女が箱の中から現れた。

 同時、少年が開けようとしていた虹色の箱は消え去った。


 少年の手は空を切る。


「……は?」


「【全てを破壊するバッファロー】なんて、そんなデウスエクスマキナをこのわたしが許すはずないじゃないですか! 勇者の冒険とはもっと苦難に満ちていないと!」


 それは散々聞いた、どこからともなくこの部屋に響く声と、とてもよく似ていた。

 少女は満面の笑みで少年に駆け寄ると選択を迫る。


「さっ! これで異能選択チャンスは使い切りました! 選んで下さい。キープの異能か、新しく引いた異能にするか。……あっ、ちなみにサイボーグ化のやつは選べませんよ。あなた、心底嫌がってましたもんね。ですのであれはキープ枠にはなってません」


「…………で? 何と何が選べるんだ?」


「ええとぉ……【三分以内に行動を強制する異能】と【内見した住宅に悪霊を発生させる異能】ですねぇ」


「詳細な仕様はわかるのか?」


「慎重ですねぇ。ええと……

【三分以内に行動を強制する異能】は『○○には三分以内にしなくてはならないことがある。』と言うことで三分以内に行わせる行動を指示できるようになります。指示された内容を対象は遵守しなくてはなりません。指示を守れなかった場合、対象は3分間、意思を持たない操り人形になります。ただし、一度指示を完遂した相手には二度と能力を使えません。


【内見した住宅に悪霊を発生させる異能】は、内見とは言いますが、実際には『将来この家に住む』という誓約することによってその場に任意の悪霊を発生させ、使役する能力です。発生させることのできる悪霊は自分が殺したことのある存在に限定されます」


「で、今僕に宿ってるのは?」


「今ですか? 今は特別に両方使える状態ですけど……」


「じゃあ、『君には三分以内にしなくてはならないことがある』。自害しろ」


 ◇


「えっ。嘘——」


 見た目にはなんの変化もない。だが、少女は理解していた。

 異能は発動している。

 自分には最早、死ぬか意志のない操り人形になるかしか、道は残されていないということに。


「なっなんでこんなことを!?」


 特権的存在であっても容赦なく牙を剥く。それこそがあらゆる異世界を平定するために生み出された【異能】の存在意義。

 だが、それは異世界の支配者——魔王を討つためのものだったはずだ。

 決して、異世界転移前のチュートリアル役に使うためのものではないというのに。


 なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。なぜ。


 少女は困惑していた。困惑しながら、少年から一歩、二歩と後ずさる。


「ずっと考えていたんだ」


 少年は波一つ立たない水面のような声で一言。


「君にとって、最も嫌な展開はなにかって」


 少年が一歩進む。少女は後ずさる。


「君を絶望させたいって」


 何を馬鹿なことを——。

 少女は少年の目を見る。

 本気だった。


「ひっ」


「ほら、早くあの柱のてっぺんにまで昇ってみたらどうなんだ? あそこからなら、君も死ねるかもしれない」


 少女は慌てて階段を上りはじめる。


 ——そうだ。自分は死んでも生き返れる。自分が属す組織はそういうところだ。死者を蘇生させて、異世界に送り込んでいるのだから——そのくらい、わけない。


 だが問題は、死ねなかった時。その場合、少女は————。


 あの少年に支配される。支配されて、抗うこともできない。そんな恐怖が彼女の胸中を満たし、階段を登る脚を急がせる。


 残り時間はとうに一分を切っている。

 まだ頂上には到達できていないが、時間もない。

 少女は階段から飛び降りることにした。


 過る走馬灯の中、彼女は勇者候補の選定基準を思い出していた。


 ——そーいえば、せんせ? 勇者候補ってどう選んでるんですか? まさか、抽選とかじゃあないですよね。


 ——ああ。それはね、たりうると認定されることだよ。生きていたら良くも悪くも世界に多大な影響を及ぼしたかもしれない、【世界の敵の卵】。それが勇者候補だ。


「はっ————」


 少女は、最期に笑った。



 魔王エルダー・ブラザーの築いたディストピアはその日。瞬く間に破壊された。

 一つの都市が崩壊する様を、少年は遠くの高台から見ていた。その横には悪霊として呼ばれた少女の姿。


「よかったよ。命令しただけでもちゃんと僕が殺したって扱いになったようで。そして、君の異能があの箱にまつわるもので」


 ——【異能を付与する箱を創造する異能】。チュートリアル担当たる彼女の持つ異能はそれだった。


 だから彼は、この世界の魔王を最短で討ち滅ぼすことのできる異能を得ることにした。

 少年の足下にはあの虹色の箱があり、都市では非常事態アラートが鳴り響いていた。


——『警告。警告。暴れバッファローの群れが大量発生しています。市民は直ちに付近のシェルターへ…………』


「バッファローオチなんてサイテー!!!!!!」


 幽霊になった少女の嘆きは、少年以外の誰にも届くことなく、空に吸い込まれて消えた。

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